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2014年2月23日日曜日

マハー・シヴァラートリの由来、シュリー・バガヴァーンによる沈黙の教え

◇「山の道(Mountain Path)」、1972年4月 p128~131
(1972年)2月13日、聖なるシヴァラートリの日がアーシュラムで盛大に祝われました。いつもよりさらに大勢でやって来た訪問者はもちろん、外に住む信奉者らが、(アーシュラムの)居住者に加わりました。シュリー・バガヴァーンの恩寵の神殿で、信奉者の集団は夜通しプージャーに立会い、山もまた巡り歩きました。その活気に満ちた雰囲気は、今一度、主シヴァ自身により以下のように表される、この機会の計り知れない意義を証明しました。
この最も聖なる日に私(主シヴァ)にプージャーを行うことにより
人は丸一年のプージャーの(を行うことの)結果を得る
月が海面の上昇を引き起こすがごとく
この聖なる時間(時)は私の顕現の優れた力を高める
-アルナーチャラ・マーハートミャム

主シヴァの歌:マハー・シヴァラートリ特別版

聖なる夜 - シヴァラートリ

ヴィシュワナータ・スワーミー 

アーディ・アルナーチャラとして知られる
不可思議な山のリンガの形を帯びたのは、マールガリ月(*1)のアールドラーの日である
そして、ヴィシュヌと他のデーヴァらが
光の山に顕現した彼を崇拝した日が、マーシ月(*2)のシヴァラートリである    
-シュリー・バガヴァーン

 これは「シュリー・アルナーチャラへの五つの賛歌」へのシュリー・バガヴァーンによって作られた導入の詩節の2番目のものです。着想は『シヴァ・プラーナ』からとられています。他の詩節の内容は、『スカンダ・プラーナ』の中の「アルナーチャラ・マーハートミャム(アルナーチャラの栄光)」からとられています。

 シュリー・バガヴァーンの信奉者にとって彼自身がその日の夜(マールガリ月のアールドラー)に誕生した事は興味深いことです。

  『シヴァ・プラーナ』には、創造者であるブラフマーと保護者であるビシュヌの間で、彼らの内の誰がより偉大なのかについての戦い(論争)があり、その結果、全世界の全てのことがうまくいかなくなったという記述が見られます。その重大事に、主シヴァが並外れた光の無限の柱としてそこに現れ、「あなたがた二人のどちらであっても、この光の柱の頂上か底を見つけられる者が、より偉大な者です」と言う声が聞こえました。それで、ブラフマーは白鳥の姿になり、頂上を見つけるために高く舞い上がり、ヴィシュヌは猪の姿になり、底を探し出すために沈んで行きました。長い長い年月の後、彼ら両者とも試みに失敗して戻らねばならず、偉大なるシヴァ神がいて、彼らは彼の恩寵によってのみ存在し、働く道具に過ぎないことを悟りました。彼らの願いにより、主シヴァはアルナーチャラという情け深い姿をとり、そのため、全ての者が彼のダルシャンを得て、彼の周りを歩き、彼を崇拝し、祝福を受けることができました。そして、ヴィシュヌと他のデーヴァたちが(かの光の柱から顕現した)主シヴァを讃え、崇拝した最初の日が、マーシ月の黒月(こくげつ)(*3)の第14日目です。

 これが我々がプラーナに見るシヴァラートリについての記述です。シヴァラートリは主シヴァの祭日の中でもっとも神聖なものであり、信奉者は一日中断食し、夜の四つの区分の間中、彼を崇拝し続けます。

 寺院や家でも、シヴァ・リンガに正式なプージャーが行われます。シヴァリンガは、シュリー・ルドラ(*4)やその他のヴェーダの賛歌の朗唱に伴われ、聖水、牛乳、凝乳、蜂蜜で洗われた後、装飾品や花で着飾られます。彼の千の名が崇拝において唱えられます。様々なお供え物は、食事の用意と果物からできています。長い間、灯りを波のように美しく振り、プージャは燃える樟脳を波のように振ることで終えられ、それは心が主シヴァとして知られる純粋な自覚という炎の中に完全に溶け込むことを意味します。

 ティルヴァンナーマライでは、その夜、主シヴァに瞑想しながら、もしくは、彼の名やシヴァの賛歌を唱えながら、多くの信奉者がアルナーチャラの周り(約13キロメートルの距離)を歩きます。夜明けや夕暮れ、または、夜だけ静かに山の周りを歩き、アルナーチャラの存在は生き生きとした体験になります。

 ここで私は1924年の私の人生で最高のシヴァラートリを思い出します。夜8時ごろ、シュリー・バガヴァーンは、彼がいつも休む場所である寝椅子の近くに座りました。小さな机が彼の前にあり、側には落ち着いた灯りがありました。彼の前には、とてもわずかの信奉者しか座っていませんでした。彼らの一人が、他の人を代表して、シュリー・バガヴァーンにシュリー・シャンカラの「ダクシナームールティへの賛歌」の意味を説明して下さるよう頼みました。それはシュリー・バガヴァーン自身がタミル語の詩節に翻訳したものです。シュリー・バガヴァーンはとても恵み深い、穏やかなほほ笑みをたたえ、沈黙していました。数分が経過しました。その信奉者はシュリー・バガヴァーンに彼の願いを重ねて言いました。返答はなく、シュリー・バガヴァーンは同じく驚くほど優しげな表情をたたえ、沈黙したままでした。数分の間に、質問者を含めた全ての信奉者は、主ダクシナームールティが昔日に主ブラフマーの四人の息子、すなわち、サナカ、サナンダナ、サナトクマーラ、サナトスジャータに教えたことを、シュリー・バガヴァーンが沈黙の中で彼らに教えていることを理解しました。

 (その話は以下のように良く知られています。ブラフマーの四人の息子が、世界の仕組みの創造において彼を手助けするため、彼の心から創造されました。しかし、息子たちはむしろ彼らの周りにある不可思議な世界の源を見出したいと思い、そのような知を求めて一点に集中した心で巡り歩きました。バニヤンの木の下に座し、栄えある沈黙に包まれた主シヴァが彼らの前に現れ、彼らは彼を一目見るなり悟り、彼の足元に黙して座りました。シヴァのこの側面はダクシナームールティの名で知られており、我々は彼のこの聖像が主シヴァの全ての寺院の南側で顔を南に向けているのを見ます。さらに、ダクシナーは知を意味し、その面前において全ての中のただ一つの自らの知が自然と現れ出る彼がダクシナームールティとして知られています。)

 シュリー・バガヴァーンが我々の心を引き込み、彼自身に調和させていたため、その夜の時間は我々の誰にも気づかれずに過ぎて行きました。突然に夜が明け、バガヴァーンはほほ笑みながら立ちあがり、カマンダルを持って朝の散歩に出かけました。我々みなは、バガヴァーンの面前でのシヴァラートリの一晩中の素晴らしいサマーディから出ました。

 ここでバガヴァーンとの毎日、毎晩はそのようであったと言うことは、場違いではないでしょう。とりわけ夜の静かな時間に、私は彼の活発な沈黙の力をしばしば体験しました。シヴァラートリは、実際、その中に他の一切が溶け込む主シヴァの絶対的で純粋な自覚を意味しています。

 プラーナには別の記述もあります。デーヴァとアスラがアムリタ(不死の霊薬)を得るために乳海をかき混ぜていた時に上がってきた猛毒をシヴァが飲み込み、そうして、全世界を消滅から救いました。そして、彼は毒を喉に保ち一晩中座ったので、彼らみなを救わんとする偉大なる慈悲の行いのためにすべてのデーヴァとアスラによって崇拝されました。シヴァはこのためにニーラカンタ(青き喉をした)という名前で知られています。

 かき混ぜている(サーダナ)時に毒が上がってくることは、心の潜在的な不浄な傾向性が神の恩寵により破壊されるために持ち出されて行く過程です!

主シヴァの歌:マハー・シヴァラートリ特別版

(*1)マールガリ月・・・タミル暦の9番目の月。12月半ばから1月半ば。ヒンドゥー暦ではマールガシールシャ。
(*2)マーシ月・・・タミル暦の11番目の月。2月半ばから3月半ば。ヒンドゥー暦ではマーガ。クンバ月とも。
(*3)黒月・・・クリシュナ・パクシャ。満月から月が欠けてゆき、新月に至るまでの15日間。逆に、新月から月が満ちてゆき、満月に至るまでの15日間は、シュクラ・パクシャ(白月)と言われる。
(*4)シュリー・ルドラ・・・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%A9

2014年1月22日水曜日

シヴァリンガ(シヴァの象徴)とヴィブーティ(聖なる灰)の本来の意義

◇「山の道(Mountain Path)」、1972年1月 p23~25

シヴァリンガとヴィブーティ

ルーシー・コーネリッセン
 シヴァリンガの意義に関する以下の有益な助言は、故スワーミ・サンティナートの著書である『Experiences of a Truthseeker』の中の「Note on Sivalinga」の章に基づいています。 
 ヴィブーティに関する文章は、ポンディチェリのL'Institut Francais d'Indologie の出版物である『Somasambhupaddhati』の中のこのテーマへの脚注に従います。著者はフランス人のサンスクリット語学者であるエレーヌ・ブルンナー・ラショー女史です。彼女はバガヴァーンの信奉者であり、彼女がポンディチェリに住んでいた時、長年アーシュラムを頻繁に訪問していました。
   南インドへの外国からの訪問者は、その最初の一歩からシヴァ神崇拝の二つの最も偉大な象徴に出会うことに気づきます。それは主シヴァの表現であるシヴァリンガ、そして、白い印であるヴィブーティであり、それによってシヴァ派はマハーデーヴァ、偉大なる神の崇拝者であると自認しています。

 しかしながら、その象徴の1番目のシヴァリンガは、依然として主の創造的な力の象徴として頻繁に誤って解釈されています。2番目のヴィブーティ、聖なる灰の意味はほとんど知られていません。

 リンガは多くの意味を持つサンスクリット用語であり、その第一の主要なものは「~の現れ(兆候)」です。煙は、火の現れ(リンガ)です。黄土色の衣服は、サンニャーサの現れ(リンガ)です。あるものの一部がその全体のリンガであり、概念などにおいていつも全体に関係づけられています。そのようにリンガは一種の印でありますが、シヴァリンガの場合「創造的な力」という狭い意味に限定されません。それはサンスクリット用語で男根を意味するシシュナやウパシュタと同意語ではありません。特殊な場合のみ、特殊な文脈に関連して、その遥かに派生的な特殊な意味においてそれは使われます。

 仮にリンガという用語とそれに与えられる形が、神の創造的や生産的な力を本当に意味しているなら、この言葉とこの形はブラフマーに用いられるほうがより適切でしょう。ブラフマーは全インドで創造者と思われていて、至高の神の創造的側面を象徴していますが、主シヴァは破壊の側面を表しています。

 見識ある崇拝者にとって、主シヴァは真の知という永遠の理想、完全な自らの実現という理想、絶対的な解放という理想です。彼はヨーギーシュワラ、ヨーギの主であり、トゥヤーギーシュワラ、世俗を放棄した人々の主です。彼らによって、シヴァは永遠に実現された放棄という理想の完全な具現(自ら)と考えられています。彼は欲望の神、カーマの破壊者であり、自我という悪魔、トリプラーシュラの殺害者です。

 その宗教的経歴のまさにそのはじめから世俗から顔をそむけ、みだらな衝動を精神的進歩の障害すべての中で最悪のものとみなすヨーギやサンニャーシが、発生や創造の概念と関連し、心に性的な意識を目覚め続けそうな象徴の崇拝を精神的な自己鍛練の一部として採用することが考えられますか。また、破壊の神、多様性からなる世界の消滅の原因であると考えられている神が創造的な力と行為を暗示する象徴により表されるべきであると思うのは理にかないますか。では、シヴァリンガの本来の意義はどうなっていたのでしょうか。

 最初期の時代から、インドの宗教的な人々は深遠な概念を目に見える象徴(リンガ)に関連付けました。シヴァの崇拝者は、彼らの生命である至高の神、彼らの崇拝と瞑想の最高の対象を光輝くの炎(ジョーティ・シカー)、または、光の柱(ジョーティ・スタンバ)と関連付けます。光は真実の知を表す普遍的な宗教的象徴(リンガ)であり、無知の暗闇を破壊し、無知から生まれるあらゆる類の束縛と悲しみから人を解放します。タットヴァ・ジニャーナ(*1)の炎は一切の欲望と情欲、一切の愛着と嫌悪を焼き払います。シヴァ派のヨーギは、ヨーガや瞑想を修練している間、彼らの前で光(ジョーティ)をともし続ける習慣があります。彼らは、そのような非物質的な光の落ち着いた輝きが、集中の上達と共に体の内で実際に体験されると証言します。

 ヨーギやサンニャーシがこの象徴(リンガ)を採用したのは、彼らの見解では、それが絶対的現実である至高の神の最も普遍的で、非宗派的な象徴であるからです。それは男性の形でも女性の形でもありません。それは特定の神や女神でもありません。それは『シュヴェーターシュヴァタラ・ウパニシャッド』(*2)の言葉では、体も五感も、等しい者も優れた者も持たないが、様々な方法で姿を表し、その超越的な本質に内在する完全な知、完全な権威、完全な活動性を伴う至高の力を永遠に授けられている一者(神)の独特の表現です。

 炎や光の柱の姿であるシヴァの一般的な崇拝のために、石や土が光の代わりに用いられ、ジョーティ・リンガはプラスターラ・リンガ(石の象徴)やムリド・リンガ(土の象徴)の形で永久的に聖地に打ち立てられました。一般的に、それはシュマシャーナ(火葬場)や人里離れた山や森に見つかりますが、そのようなシュマシャーナの多くがそのうちに大都市(たとえば、ベナレス)へ成長し、山や森は巡礼の聖地(たとえば、アルナーチャラ)へ成長しました。

シヴァリンガの本当の意味曲:「シヴァ・ターンダヴァ・ストートラ」

 シヴァリンガが敬虔なヒンドゥー教徒にとって至高の神の象徴としてあるので、ヴィブーティは完全な崇拝者を象徴します。なぜなら、純粋さと平静において完全となった者のみが神に近付いても良いからです。

 ヴィブーティ、聖なる灰(*3)は、「力、光輝」(バシタ)を意味します。それは効果的であるためには「灰色でも赤色でも黄色でもなく」、白でなければなりません。

 通常の語源学によれば、バスマという用語は「(火により)粉々にされたもの」、すなわち、灰を意味します。しかし、全ての聖典によれば、「牛のふんから作られる聖なる灰」を意味します。

 バスマという用語の象徴的説明は、多くの異なる方法で与えられます。バルツ(消し去る)という語根を取り、「それが一切の罪と一切の不純を消し去る(バルツァティ)から」と読み取る人もいます。しかしながら、バスは「輝く」を意味する語根としても取れ、バシタという用語はそれに従って説明されます。または、バは存在の制約や成ること(バーヴァ)が終わりを迎えるという事実を指し示し、記憶や思い(スマラナ)を指し示すスマは「生と死の循環の停止が達成されるべき目的であるのをいつも思い出すこと」を意味するかもしれません。

 儀式的に正しいヴィブーティの準備は、『スヴァヤムブヴァ(・アーガマ)』(*4)によれば、以下のように行われねばなりません。儀式的行為における慣例では、三つの選択肢が提供されます。①理想的な規則(カルパ)、②より厳密でない方法(アヌカルパ)、③なお容認できる選択肢(ウパカルパ)です。

 カルパの方法によれば、カピラ乳牛(*5)(もしくは、赤か、白か、黒色の牛)のふんを土に触れる前に、蓮や睡蓮の葉か花弁の上でか、もしくは手によって、また、さらには牛小屋の中で集めなければいけません。ふんをサドヨージャータ(・マントラ)を意味する五つのブラフマ・マントラ(*6)を逆さに唱えながら手に取り(?)、ヴァーマデーヴァ(・マントラ)と共に丸め、アゴーラ(・マントラ)と共に乾かし、タットプルシャ(・マントラ)と共に燃やし、イーシャーナ(・マントラ)と共に灰を集めます。アヌカルパの方法によれば、森で乾いたふんを集め、それを粉にし、牛の尿の助けにより一種の生地を作り、それから焼きます。ウパカルパの方法では、森の火から集めるか、牛小屋で灯された火から集め、それを燃やします(?)

 全てのアーガマがこのように規則に従って用意された灰は純粋であると認めています。灰は特別なマントラによりさらに浄化される必要はありません。実際に使う時にだけ、その上にサンヒターマントラを唱えることにより清められねばなりません。灰は左の手のひらに置かれ、マントラを唱えながら、それに右手で触れます。この後、ヴィブーティの一部の奉納が、南西の方角、ニルリティ(*7)の住まいへ投げることによって、アーシュラ(悪魔)に行われます。それから、沐浴に進みます。それは対応する五つのマントラを唱えながら、頭から足までヴィブーティにより全身を清めることをまず第一に意味します。この儀式の名前はウッドゥーラナです。

 アゴーラ・シヴァーチャーリヤ(*8)によれば、沐浴はもう一つの儀式によって仕上げられます。それは、中指3本をヴィブーティに浸し、体の色々な部分に特別な印(最も多くは、トリプンドラという名の3本の水平な線)を塗ることです。ほとんどの聖典が手順はカーストによると主張します。しかしながら、それぞれ(の聖典)が独自の特別な規則を持っています。本来、それは単に様々な集団やカースト間の身分証明の手段であったかもしれません。

 それが元来どうして定められていたのかを正確に知ることは困難です。しかしながら、アーガマはトリプンドラの象徴性にこの説明-3本の線はブラフマー、ビシュヌ、ルドラを表し、同時にトリシューラ(主シヴァの武器)、三つの時、三つのシャクティなどを表す-を与えます。他方では、それらの印のつけられた場所は(瞑想のための)神の姿に関係し、その一覧は、もちろん、言及される場所の数によります。

 聖なる牛の全ての産物のように、そして、火そのものと同じように、牛により提供され、火によって変化したヴィブーティは、終には、とりわけ清浄になります。『スプラボーダーガマ』(*9)の第一の側面(?)を強調し、それに「バスマシュナナ」の章の3分の2を費やし、牛とその六つの産物-ふん、尿、乳、バター、凝乳、ゴロチャナ(乳牛の胆汁から作られる顔料)-の長所を思い出させます。他の聖典は第二の側面(?)を強調します。しかし、全て(の聖典)は全ての儀式の前に絶対的に必要であり、その報いが飛びぬけて優れたものとしてこれらの沐浴を賞賛している点で一致しています。

 いくつかの聖典は、規則に厳密に従わない人々、もしくは、聖なる灰を地面に落してしまう人々に予期される恐ろしい罰も描写しています。明らかに、それらの文章は定められた儀式の重要性を強調するために意図的に誇張されています。ドヴィジャ(・ヴァルナ)(*10)が神や火や師や他の賢者の前でヴィブーティでの沐浴を行うことを避けねばならないのも言及されるべきです。彼らはとても低いカーストの人に見られながらヴィブーティをつけても、路上やその他どのような不浄な場所でつけてもいけません。

 いずれにせよ、シヴァはシヴァのみが崇拝することができます。つまり、崇拝の儀式によって自分自身をシヴァへ変えた人によって。ヴィブーティは、目に見えない聖なる変容の目に見える象徴です。

(*1)タットヴァ・ジニャーナ・・・真理の知
(*2)シュヴェータシュヴァタラ・ウパニシャッド・・・108あるムクティカー・ウパニシャッドの14番目。
(*3)聖なる灰・・・webで検索したら、聖なる灰は、①ヴィブーティ②バシタ③バスマ④クシャーラ⑤ラクシャーの五つあるという説明もあれば、ヴィブーティの別名がバスマなどであるという説明もありました。
(*4)スヴァヤムブヴァ(・アーガマ)・・・28あるシャイヴァ・シッダーンタ・アーガマの1つ。シャイヴァ・シッダーンタの詳しい解説(
(*5)カピラ乳牛・・・インドのカルナータカ州の珍しい品種の乳牛。小さい品種で、乳の量は少なく、乳に高い薬効と高い治癒性があり、聖なる牛とみなされているようです(
(*6)パンチャ・ブラフマ・マントラ・・・ムクティカー・ウパニシャッドの7番目の『タイッティリーヤ・ウパニシャッド』にあるシヴァの五つの姿を通じてシヴァを讃えるマントラ。五つの姿は、パンチャキリトヤ(創造・維持・破壊・覆い・恩寵)に対応している(
(*7)ニルリティ・・・死と堕落の女神。ディクパーラ(方角の守護神)の一人。
(*8)アゴーラ・シヴァーチャーリヤ・・・12世紀の優れた解説者のようです。
(*9)スプラボーダ(スブラバ、スプラベダ)・アガマ・・・28あるシャイヴァ・シッダーンタ・アーガマの一つ。
(*10)ドヴィジャ・・・バラモン、クシャトリア、ヴァイシャの三つのヴァルナ。「2度生まれる」を意味する。

2014年1月1日水曜日

シヴァ神の祝祭 - カールティカイ・ディーパムとマハー・シヴァラートリ

◇『シュリー・ラマナーシュラマムからの手紙(Letters from Sri Ramanasramam)』

2013年、ティルヴァンナーマライ、カールティガイ・マハー・ディーパムの様子

1947年9月20日
(145)アルナーチャラ

 4、5日前、ギリプラダクシナへ行こうとする信奉者たちが私に同伴するように頼んだので、私はバガヴァーンの許可を得た後、彼らと共に行きました。私たちがアーディ・アンナーマライ(*1)に到着した時、雨が降り始めたので、私たちは道沿いの小さなムット(*2)の中へ避難しました。私はそこにいたサードゥに、「このムットは誰のものですか」と尋ねました。「マーニヴァーチャカル(*3)のものです」と彼は答えました。私がムットが建てられることになった事情を尋ねた時、彼はあらゆる類の話を語りました。私は彼が言ったことを正確には理解できませんでした。それでも、バガヴァーン自身から後で必要な情報を得ようと期待して、さらに質問せず、私は彼の話を辛抱強く聞きました。

 昨日、私はこれについて尋ねる機会を待ちましたが、バガヴァーンは「カレーシュワラ・マーハートミャ」のスンダラムールティ(*4)についての話を読むことに忙しくしていました。この「カレーシュワラ・マーハートミャ」は『ブラフマ・ヴァイヴァルタ・プラーナム』(*5)の一部です。彼はスンダラムールティに関連する部分を私たちに読み上げました。スンダラムールティはカレーシュワラ寺院(*6)に行こうとしましたが、そこに入る前に、対面にあるガジャ・プシュカリニ池に沐浴に行きました。彼が沐浴の後で池から出た時、彼は寺院が消えていることに気づきました。それで、スンダラムールティはいくつか歌を歌い、主のダルシャンのために寺院へ最初に行かずに、沐浴のために池に行ったことの後悔を表しました。その後、寺院は再び現れました。その話についてもう少し読んだ後、バガヴァーンは、「はじめ、全てのものは彼にとって大きく広がった水面であり、それ以外の何ものでもなく、後にジョーティ(*7)として現れました」と述べました。

 ある信奉者が、「アルナーチャラもまたジョーティの形であると言われています」と尋ねました。「ええ。そうです。人の目には、それは土と石の形にすぎませんが、その真の形はジョーティです」とバガヴァーンは言いました。この機会を捉え、「アーディ・アンナーマライにマーニッカヴァーチャカルという名前のムットがあります。それがそのように名付けられた理由は何でしょうか」と私は尋ねました。「ああ!それですか。彼は巡礼でティルヴァンナーマライへも来たようです。それから、彼は特にその場所に立ち、アルナギリに呼びかけ、『ティルヴェムパーヴァイ』(*8)と『アムマーナイ』(*9)という歌を歌いました。そのために、記念してムットがそこに建てられたのです。あなたは『ティルヴェムパーヴァイの歌』について聞いたことがあるはずです。その数は20です。アーンダール(*10)は主クリシュナを賛美して30の歌を歌いました。ムルガナールもまた、同じ旋律で、私を賛美して歌を歌いました」とバガヴァーンは言いました。

信奉者:
 この山はどうしてアンナーマライという名を得たのですか。

バガヴァーン:
 ブラフマーとビシュヌによって到達できないものが、アンナーマライです。それは言葉や心を越えているジョーティの顕現したものを意味しています。アンナは「到達できない」という意味です。それがその名の理由です。

信奉者:
 しかし、山は姿形をもっています。

バガヴァーン:
 ブラフマーとヴィシュヌがそれを見た時、それは全世界を包む光の柱のように見えました。ただ後になってそれは山のように見えました。それはイーシュワラのストゥーラ・シャリーラ(*11)です。ジョーティ自体が、スークシュマ・シャリーラ(*12)です。それらすべての体を超えてあるものが、現実です。スークシュマはテージャス(*13)を意味します。

信奉者:
 スンダラムールティにとってさえもそれは同じことでしたか。

バガヴァーン:
 ええ。はじめ、それはジャラマヤム(*14)のように見え、次にテージャスとして、最後に人の目にとってそれは寺院のように見えました。マハートマーはいつも神の目によって見ます。ですから、彼らにとって一切のものは純粋な光、または、ブラフマンとして見えます。

ナーガムマ:
 バガヴァーンはアルナーチャラ・リンガの誕生や出現についてのパドヤム(詩節)を書いたと思いますが、正しいでしょうか。

バガヴァーン:
 ええ。私はそれをヴィクラマ年(*15)のシヴァラートリの日に書きました。その時、誰かがそれを頼んだのです。おそらく、私はそれをテルグ語でも書きました。

ナーガムマ:
 ええ。そのテルグ語のパドヤムの中でリンガがアールドラー星(*16)の日にダヌルマサムに現れたと述べられています。ヴィシュヌとデーヴァたちは彼らに神のヴィジョンを与えたシヴァを崇拝しました。それはクンバ月(*17)でした。もともとの話は何ですか。クリティカ星(*18)に関連した祝祭を行う理由は何でしたか。

バガヴァーン:
 ああ!それですか!ブラフマーとヴィシュヌはより偉大なのは誰なのか言い争っていました。カールティカ月(*19)、クリティカ星の日に、彼らの間に光り輝く柱が現れました。その出来事を示すために、光の祭りが毎年その日に祝われます。知っての通り、ブラフマーとビシュヌは柱の始まりと終わりの無益な探索につかれました。失敗に落胆して、彼らはいつもの場所で会い、全能者である神へ祈りました。その時、主シヴァは彼らの前に柱の中から現れ、恵み深く彼らを祝福しました。彼らの要望で、彼は崇拝のために彼らが届く範囲に山と(寺院の)リンガの姿でいることに同意しました。彼もまた、彼らが彼をそのように崇拝するなら、しばらく後に彼はルドラの姿で現れ、彼らをできうる限りの方法で助けるだろうと言いました。それから、彼は消えました。その時以来、ブラフマーとヴィシュヌは、イーシュワラの約束によってダヌス月(*20)のアールドラー星の日に姿を表したリンガを崇拝し始めました。彼らが毎年毎年、クンバ月の後半、13日目/14日目の真夜中に崇拝を続けたので、シヴァはリンガから姿を表し、ハリとデーヴァたちに崇拝されました。それゆえ、その日は『リンガ・プラーナ』(*21)や『シヴァ・プラーナ(*22)で述べられているようにシヴァラートリと呼ばれています。ただその時以来、リンガの崇拝が始められたようです。アルナーチャラのみに最初のリンガが現れたと『スカンダ・プラーナ』(*23)では強調して述べられています。

(*1)アーディ・アンナーマライ・・・アルナーチャラ山の北西部にある寺院。アルナーチャレーシュワラ寺院より何百年も古い、最古の寺院。ここに最初のアルナーチャラ・リンガが現れたとされている。
(*2)ムット・・・matha、mataとも。宗教的施設。
(*3)マーニ(ッカ)ヴァーチャカル・・・タミル・ナードゥ出身のシヴァ派63人の聖者(ナーヤンマール)の1人。
(*4)スンダラムールティ・・・上と同じくナーヤンマールの1人。日本ヴェーダーンタ教会のHPにナーヤンマールの話がのっています(http://www.vedanta.jp/jp/contents/publishing/jbook-c/200622/200622-34b.html)。
(*5)ブラフマ・ヴァイヴァルタ・プラーナム・・・主要な18のプラーナの1つ。
(*6)カレーシュワラ寺院・・・アーンドラ・プラデーシュ州にあるシヴァ神を信奉する寺院。
(*7)ジョーティ・・・光
(*8)ティルヴェンパーヴァイ・・・http://www.youtube.com/watch?v=tAB9ewD8AYk、「ティルヴァーサガム」の一部。
(*9)アムマーナイ・・・http://www.youtube.com/watch?v=c-5D08uRTtU、「ティルヴァーサガム」の一部。
(*10)アーンダール・・・8世紀か、それ以前、南インドの12人の詩聖・アールヴァール(神に浸った人々)の中で唯一の女性。30の歌は、ヴィシュヌ-クリシュナへの献身を表した「ティルッパーヴァイ(http://www.youtube.com/watch?v=v5P8vVLeB9w&list=PLA77AB72FEBC1EE81&index=1)」だと思います。
(*11)ストゥーラ・シャリーラ・・・粗大な体
(*12)スークシュマ・シャリーラ・・・微細な体
(*13)テージャス・・・炎、輝き
(*14)ジャラマヤム・・・ジャラ(水)で満ちたもの
(*15)ヴィクラマ年・・・vikrama、60年周期であることから、1941・1942年を指していると思います。
(*16)アールドラー星・・・Ardura star、オリオン座の2番目に明るい星ベテルギウス。
(*17)クンバ月・・・・Kumbha、11番目の月、壺の意、みずがめ座。グレゴリオ暦の2月・3月にあたる。ヒンドゥー暦ではマーガという。
(*18)クリティカ星・・・Krithika star、プレアデス星団、おうし座。
(*19)カールティカ月・・・Kartika、ヒンドゥー暦の8番目の月、グレゴリオ暦の11月・12月にあたる。または、ブリシュチカ(さそり座)といわれる。
(*20)ダヌス月・・・Dhanus、9番目の月。弓の意、いて座。グレゴリオ暦の12・1月にあたる。ヒンドゥー暦ではアグラハーヤナ(マールガシールシャ)と言われる。
(*21)リンガ・プラーナ・・・18あるマハープラーナの1つ。シヴァの象徴・リンガの偉大さと宇宙の起源を描いている。
(*22)シヴァ・プラーナ・・・マハープラーナの1つ。シヴァ神の偉業を称えている。
(*23)スカンダ・プラーナ・・・マハープラーナの1つ。シヴァ神の次男スカンダの出生や巡礼地の説明をしている。

2016年、ティルヴァンナーマライ、山頂に火がともされています

◇『シュリー・ラマナ・マハルシとの対話(Talks with Sri Ramana Maharshi)』 

Talk 218. 1936年1月30日 抜粋

 マハルシは今日、『シヴァ・プラーナ』を調べていました。

マハルシ:
 シヴァは、彼の目に見えない超越的な存在とリンガの側面それぞれによって表されるように、超越的な側面と内在的な側面を持っています。はじめにアルナーチャラとして顕現したリンガは、今日までも立っています。この顕現は、12月に月がオリオン座(アールドラー)あった時に起こりました。しかしながら、それは今でも神聖であると思われているシヴァラートリの日に最初に崇拝されました。

マハーシヴァラートリの日のアルナーチャレーシュワラ寺院での様子だと思います

◇「バガヴァーンのアルナーチャラへの宣誓証言(Bhagavan's Deposition on Arunachala)」

 デイビッド・ゴッドマン氏のブログ(http://davidgodman.org/rteach/bhagdep1.shtml)からの抜粋です。ここでは、祝祭に関する部分だけを抜き出しています。(文:shiba)

マハルシ:
 彼の山がリンガ・スワルーパ、つまり、この山そのものが神であるというアイティヤ(伝承)があります。このアイティヤは他のどこでも見つかりません。それがこの地の栄光の理由です。この地の伝承は、この山は神の姿であり、その本質において、それは光で満ちているということです。毎年、ディーパム祭では、山の本質が光そのものとして祝われます。このための権威はヴェーダ、プラーナ、スートラの中に見出されます。この伝承がこの山がシヴァ・スワルーパであると主張しているため、敬意や崇拝の行為として山の周りを時計回りに歩くギリプラダクシナの修練が起こっています。私もまたギリプラダクシナを信じていて、それを体験していました。

 山と寺院を切り離すシャーストラは存在しません。山と寺院の不可分性はカールティカイ・ディーパムの間に見受けられます。(光をともす)祝祭は、寺院と山の頂上で同時に行われます。山が神の姿であるという伝承の更なる証拠は、半年ごとの祝祭に見ることができます。その中で、寺院のアルナーチャレーシュワラの像は山のプラダクシナを行います。

・・・

主アルナーチャラは山から姿を表し、ブラフマーとビシュヌの要望に応じ、山に戻り、溶け込んだ。同時に、彼は山のふもとにリンガとして現れた。山は主を表し続けている(バガヴァーンの詩、英語でしか残っていないようです)
・・・

 シヴァはいつも三つの形のままいます-①パラブラフマンとして、②リンガとして(ここでは山として)、③シッダとして(ブラフマ・ルーパ、リンガ・ルーパ、シッダ・ルーパ)。

・・・

 シヴァははじめ光の柱として現れました。懇願されるとすぐ、光は山の中に消え入り、リンガとして現れました。両方ともがシヴァです。

上述のシュリー・バガヴァーンの会話からまとめたシヴァ神の祝祭の流れ(文:shiba)

①カールティカイ月のカールティカイ星の日、11・12月ごろ 

 シヴァ神が光の柱として現れる。 ⇒ カールティカイ・ディーパム

  カールティカ[ガ](イ)はタミル語、クリティカ(ー)はサンスクリット語やテルグ語の発音です。

②ダヌス月のアールドラー星の日、12・1月ごろ

 シヴァ神がアルナーチャラ山に入り(の姿を帯び)、山のふもとにリンガが現れる。

 ダヌス月は、ヒンドゥー暦でマールガシールシャ、タミル暦でマールカリと言われます。

③クンバ月、後半15日間の第13日目~14日目の真夜中、2・3月ごろ (2018年は2月13日)

 はじめてヴィシュヌ神たちによって、シヴァ・リンガが崇拝される。 ⇒ マハー・シヴァラートリ

 クンバ月は、ヒンドゥー暦でマーガ月、タミル暦ではマーシ月と言われます。

2013年9月15日日曜日

シュリー・ガネーシャへ捧げる二詩節、ガナパティ・プラールタナー

◇『シュリー・ラマナ・マハルシの全集(Collected Works of Sri Ramana Maharshi)』

シュリー・ガネーシャへ


 1912年のある日、陶工がヴィルーパークシャ洞窟にシュリー・ガネーシャの小さな聖像を持ってきました。それは彼が作ったもので、シュリー・バガヴァーンに贈られました。ある弟子が彼とシュリー・バガヴァーンの両者がこの機会を祝って詩節を書いてはどうかと提案しました。そして、これがシュリー・バガヴァーンの書いたものです。

あなたを子供としてもうけた彼を
あなたは物乞いにした。あなた自身子供として
その後、ただあなた自身の巨大なお腹を養うために、あらゆる所に住んだ
私もまた子供である。おお、その壁龕(へきがん)にいる子供の神よ!
あなたの後に生まれた者に出会っているのに、あなたの心は石でできているのか
どうぞ私を見て下さい!

Him who begot you as a child you made 
Into a beggar; as a child yourself 
You then lived everywhere just to support 
Your own huge belly; I too am a child. 
Oh Child God in that niche! encountering one 
Born after you, is your heart made of stone? 
I pray you look at me!

 とても太っているように描かれるガネーシャは、シヴァの二人の息子の一人で、放浪する乞食者となりました。バガヴァーンは彼自身をガネーシャの弟・スブラマニアン(*)と同一視しています。
(この文は、『The Poems of Sri Ramana Maharshi』から)

(*)スブラマニアン・・・ガネーシャの弟であるスカンダの別名。カルナータカ州、アーンドラ・プラデーシュ州ではこの名で呼ばれているようです。

ガネーシャ


 これは主ガネーシャ、一切の障害を取り除く者への祈りです。ガネーシャはヴィーヤサの書記を務め、マハーバーラタを書き記したという話がプラーナで言及されています。ガネーシャの恩寵が、ヴェーダーンタ哲学の保護を求めて祈られてます。
おお、ヴィナーヤカ(*)巻物(メール山の斜面)に偉大なる賢者(ヴィヤーサ)の言葉を記し、勝利に彩られるアルナーチャラで長を務める者よ。繰り返される誕生の原因である病をどうか取り除き、自らなる蜜であふれる偉大な高貴なる信仰を恵み深く守りたまえ。
O Vinayaka, who wrote on a scroll(i.e., the slopes of Mount Meru) the words of Great Sage(i.e., Vyasa) and who presides at the victorious Arunachala, do remove the disease that is the cause of repeated births, and protect graciously the great Noble Faith which brims with the honesy of the Self.
(*)ヴィナーヤカ・・・ガネーシャの別名。ガネーシャの様々な別名に関する(おそらくサイ・ババによる)詳しい解説が、このサイトにあります。

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ガナパティ・プラールタナー & ガナパータ

 下の動画は、Uma Mohanさんのアルバム『Divine Chants Of Ganesh』からの「Ganapati Prarthana ; Ghanapaath」です。とても印象的な曲なので、ガネーシャに関連してここで紹介しています。
 「ガナパータ」は「鐘形式」の朗唱であり、言葉が鐘のようにくり返し前後にいったりきたりして歌われるためそのように名付けられています。ヴェーダの朗唱様式では最も難しい手法のようです。詩節は『リグ・ヴェーダ』、2巻、23・1からです。(文:shiba)


om gananam tva ganapatim havamahe
kavim kavinam-upama-sravas-tamam
Jyestha-rajam brahmanam brahmanas-pata
a nah srnvan-nutibhih sida-sadanam
Om maha-ganapataye-namah

1.オーム、神々の主であるあなたへ祈りを捧げます
2.賢者の中の賢者であり、最高の栄誉を持つ者
3.最も偉大な王であり、神聖な知を持つヴェーダの主
4.我々の称賛に耳を傾け、家で座について下さい
5.オーム、偉大なる神々の主に礼拝いたします

(1行目)  gana・・・「群衆、軍隊、族」、神々; tva・・・あなた ; ganapati・・・ganaの主 ; havamahe・・・祈りを捧げます
(2行目)  kavi・・・詩人、賢者、預言者、太陽 ; upama・・・最高の ; sravas・・・栄光、名誉 ; tama・・・最高の度合いの
(3行目)   jyestha・・・最も偉大な ; raja・・・王 ; brahmana・・・神聖な知を持つ者 ; brahmanaspati・・・ヴェーダの主
(4行目)    nah・・・我々(に、の) ; srn・・・聞くこと ; nuti・・・称賛、崇拝 ; sad・・・座ること ; sadana・・・住まい、場所

 主にのサイトを参考にさせていただき翻訳しましたが、英訳は人によって様々です。例えば、3行目の最後の言葉、brahmanaspataは、「聖なるプラナヴァ(オーム)の体現者」、4行目最後のsida-sadanam は「我々のハートにいてください」のように訳されていたりします。(文:shiba)