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2014年6月28日土曜日

パヴァラ・クンドル・アルダナーリーシュワラ寺院

◇Post from Arunachala-Live (http://arunachala-live.com/wordpress/?p=987)

 以下は、上のURLにある記事の翻訳です。パヴァラ・クンドル寺院の場所は、Googleマップで「Pavazha Kundru Ardha Nariswarer Temple」と地図検索すれば、表示されます。

ティルヴァンナーマライ、パヴァラ・クンドル

 パヴァラ・クンドル寺院は、主アルダナーリーシュワラ(*1)(半身がシヴァ、半身がパールヴァティーとしての主の両性具有の姿)に捧げられています。パールヴァティーが主シヴァの寵愛を再び得るためにタパスを行ったのは、ここです。その後、彼は彼女の前に現れ、彼女を彼自身に吸収し、そうして、2人は1人になりました。このようにしてアルダナーリーシュワラは生まれました。アルダナーリーシュワラのみに捧げられた寺院は多くはなく、比較的に知られていませんが、これは珍しく特別な寺院です。

 バガヴァーン・ラマナはここに1899年に滞在し、この寺院の内部で彼の母に聖なる教えを授けました(*2)。以前、彼女はマドゥライの実家に戻るように息子を説得しようと試みたものでしたが、その時以来、母は深く宗教的な人間に変容し、ティルヴァンナーマライその場所で息子に仕えることに人生を捧げたと言われています。  

 パヴァラ・クンドル(珊瑚岩)は、アルナーチャラの東の尾根に位置しています。朝日の光線が岩全体を美しい紅珊瑚(コーラル・レッド)に変えると思われているため、その名を得ています。このあまり知られていない寺院は、主要なバスの停車場から1キロほどのドゥルガイ・アンマン・コーヴィル道から出ている小さな街路を通して町から近づくことができます。寺院に上るための岩に刻まれた立派な石の階段があります。

 いったんそこに着くと、あなたは街の騒音をもう耳にしません。そして、それはほどんど完全に人通りがなく、自然の動植物にあふれた静かで安らかな場所にあるので、そのように瞑想には理想的な場所です。寺院のすぐそばには、巨大なバニヤンの老木があります。その下に座り、片方には山を眺めることができ、もう片方には寺院の塔を眺めることができます。それはとても珍しい眺めです。

 寺院のティールタムは、外に突き出た岩の中の壁龕(へきがん)内部の見事に緑色な自然の池であり、暑い夏の間でさえ、一年を通して水があります。そこに下りてゆく小さな階段があり、僧侶は毎日、プージャのために水を集めに行きます。

 荒廃しつつあったこの寺院を修復したのは、ラマナーシュラムの功績です。修復は、古代の建築様式を尊重し、保存し、古い石細工を壊すことなく、最小限のコンクリートの使用で、正確に行われました。ギリヴァラム沿いの他の神殿もまた、その熱心すぎる修復作業において、この過去を尊重する方法を見習うなら、良いのではないかと思います。

(*1)アルダナーリーシュワラ・・・「半分女性である主(神)」。
(*2)上の動画では、1898年にバガヴァーンが母に「運命についての詩節」を説いたことになっています。

2014年1月1日水曜日

シヴァ神の祝祭 - カールティカイ・ディーパムとマハー・シヴァラートリ

◇『シュリー・ラマナーシュラマムからの手紙(Letters from Sri Ramanasramam)』

2013年、ティルヴァンナーマライ、カールティガイ・マハー・ディーパムの様子

1947年9月20日
(145)アルナーチャラ

 4、5日前、ギリプラダクシナへ行こうとする信奉者たちが私に同伴するように頼んだので、私はバガヴァーンの許可を得た後、彼らと共に行きました。私たちがアーディ・アンナーマライ(*1)に到着した時、雨が降り始めたので、私たちは道沿いの小さなムット(*2)の中へ避難しました。私はそこにいたサードゥに、「このムットは誰のものですか」と尋ねました。「マーニヴァーチャカル(*3)のものです」と彼は答えました。私がムットが建てられることになった事情を尋ねた時、彼はあらゆる類の話を語りました。私は彼が言ったことを正確には理解できませんでした。それでも、バガヴァーン自身から後で必要な情報を得ようと期待して、さらに質問せず、私は彼の話を辛抱強く聞きました。

 昨日、私はこれについて尋ねる機会を待ちましたが、バガヴァーンは「カレーシュワラ・マーハートミャ」のスンダラムールティ(*4)についての話を読むことに忙しくしていました。この「カレーシュワラ・マーハートミャ」は『ブラフマ・ヴァイヴァルタ・プラーナム』(*5)の一部です。彼はスンダラムールティに関連する部分を私たちに読み上げました。スンダラムールティはカレーシュワラ寺院(*6)に行こうとしましたが、そこに入る前に、対面にあるガジャ・プシュカリニ池に沐浴に行きました。彼が沐浴の後で池から出た時、彼は寺院が消えていることに気づきました。それで、スンダラムールティはいくつか歌を歌い、主のダルシャンのために寺院へ最初に行かずに、沐浴のために池に行ったことの後悔を表しました。その後、寺院は再び現れました。その話についてもう少し読んだ後、バガヴァーンは、「はじめ、全てのものは彼にとって大きく広がった水面であり、それ以外の何ものでもなく、後にジョーティ(*7)として現れました」と述べました。

 ある信奉者が、「アルナーチャラもまたジョーティの形であると言われています」と尋ねました。「ええ。そうです。人の目には、それは土と石の形にすぎませんが、その真の形はジョーティです」とバガヴァーンは言いました。この機会を捉え、「アーディ・アンナーマライにマーニッカヴァーチャカルという名前のムットがあります。それがそのように名付けられた理由は何でしょうか」と私は尋ねました。「ああ!それですか。彼は巡礼でティルヴァンナーマライへも来たようです。それから、彼は特にその場所に立ち、アルナギリに呼びかけ、『ティルヴェムパーヴァイ』(*8)と『アムマーナイ』(*9)という歌を歌いました。そのために、記念してムットがそこに建てられたのです。あなたは『ティルヴェムパーヴァイの歌』について聞いたことがあるはずです。その数は20です。アーンダール(*10)は主クリシュナを賛美して30の歌を歌いました。ムルガナールもまた、同じ旋律で、私を賛美して歌を歌いました」とバガヴァーンは言いました。

信奉者:
 この山はどうしてアンナーマライという名を得たのですか。

バガヴァーン:
 ブラフマーとビシュヌによって到達できないものが、アンナーマライです。それは言葉や心を越えているジョーティの顕現したものを意味しています。アンナは「到達できない」という意味です。それがその名の理由です。

信奉者:
 しかし、山は姿形をもっています。

バガヴァーン:
 ブラフマーとヴィシュヌがそれを見た時、それは全世界を包む光の柱のように見えました。ただ後になってそれは山のように見えました。それはイーシュワラのストゥーラ・シャリーラ(*11)です。ジョーティ自体が、スークシュマ・シャリーラ(*12)です。それらすべての体を超えてあるものが、現実です。スークシュマはテージャス(*13)を意味します。

信奉者:
 スンダラムールティにとってさえもそれは同じことでしたか。

バガヴァーン:
 ええ。はじめ、それはジャラマヤム(*14)のように見え、次にテージャスとして、最後に人の目にとってそれは寺院のように見えました。マハートマーはいつも神の目によって見ます。ですから、彼らにとって一切のものは純粋な光、または、ブラフマンとして見えます。

ナーガムマ:
 バガヴァーンはアルナーチャラ・リンガの誕生や出現についてのパドヤム(詩節)を書いたと思いますが、正しいでしょうか。

バガヴァーン:
 ええ。私はそれをヴィクラマ年(*15)のシヴァラートリの日に書きました。その時、誰かがそれを頼んだのです。おそらく、私はそれをテルグ語でも書きました。

ナーガムマ:
 ええ。そのテルグ語のパドヤムの中でリンガがアールドラー星(*16)の日にダヌルマサムに現れたと述べられています。ヴィシュヌとデーヴァたちは彼らに神のヴィジョンを与えたシヴァを崇拝しました。それはクンバ月(*17)でした。もともとの話は何ですか。クリティカ星(*18)に関連した祝祭を行う理由は何でしたか。

バガヴァーン:
 ああ!それですか!ブラフマーとヴィシュヌはより偉大なのは誰なのか言い争っていました。カールティカ月(*19)、クリティカ星の日に、彼らの間に光り輝く柱が現れました。その出来事を示すために、光の祭りが毎年その日に祝われます。知っての通り、ブラフマーとビシュヌは柱の始まりと終わりの無益な探索につかれました。失敗に落胆して、彼らはいつもの場所で会い、全能者である神へ祈りました。その時、主シヴァは彼らの前に柱の中から現れ、恵み深く彼らを祝福しました。彼らの要望で、彼は崇拝のために彼らが届く範囲に山と(寺院の)リンガの姿でいることに同意しました。彼もまた、彼らが彼をそのように崇拝するなら、しばらく後に彼はルドラの姿で現れ、彼らをできうる限りの方法で助けるだろうと言いました。それから、彼は消えました。その時以来、ブラフマーとヴィシュヌは、イーシュワラの約束によってダヌス月(*20)のアールドラー星の日に姿を表したリンガを崇拝し始めました。彼らが毎年毎年、クンバ月の後半、13日目/14日目の真夜中に崇拝を続けたので、シヴァはリンガから姿を表し、ハリとデーヴァたちに崇拝されました。それゆえ、その日は『リンガ・プラーナ』(*21)や『シヴァ・プラーナ(*22)で述べられているようにシヴァラートリと呼ばれています。ただその時以来、リンガの崇拝が始められたようです。アルナーチャラのみに最初のリンガが現れたと『スカンダ・プラーナ』(*23)では強調して述べられています。

(*1)アーディ・アンナーマライ・・・アルナーチャラ山の北西部にある寺院。アルナーチャレーシュワラ寺院より何百年も古い、最古の寺院。ここに最初のアルナーチャラ・リンガが現れたとされている。
(*2)ムット・・・matha、mataとも。宗教的施設。
(*3)マーニ(ッカ)ヴァーチャカル・・・タミル・ナードゥ出身のシヴァ派63人の聖者(ナーヤンマール)の1人。
(*4)スンダラムールティ・・・上と同じくナーヤンマールの1人。日本ヴェーダーンタ教会のHPにナーヤンマールの話がのっています(http://www.vedanta.jp/jp/contents/publishing/jbook-c/200622/200622-34b.html)。
(*5)ブラフマ・ヴァイヴァルタ・プラーナム・・・主要な18のプラーナの1つ。
(*6)カレーシュワラ寺院・・・アーンドラ・プラデーシュ州にあるシヴァ神を信奉する寺院。
(*7)ジョーティ・・・光
(*8)ティルヴェンパーヴァイ・・・http://www.youtube.com/watch?v=tAB9ewD8AYk、「ティルヴァーサガム」の一部。
(*9)アムマーナイ・・・http://www.youtube.com/watch?v=c-5D08uRTtU、「ティルヴァーサガム」の一部。
(*10)アーンダール・・・8世紀か、それ以前、南インドの12人の詩聖・アールヴァール(神に浸った人々)の中で唯一の女性。30の歌は、ヴィシュヌ-クリシュナへの献身を表した「ティルッパーヴァイ(http://www.youtube.com/watch?v=v5P8vVLeB9w&list=PLA77AB72FEBC1EE81&index=1)」だと思います。
(*11)ストゥーラ・シャリーラ・・・粗大な体
(*12)スークシュマ・シャリーラ・・・微細な体
(*13)テージャス・・・炎、輝き
(*14)ジャラマヤム・・・ジャラ(水)で満ちたもの
(*15)ヴィクラマ年・・・vikrama、60年周期であることから、1941・1942年を指していると思います。
(*16)アールドラー星・・・Ardura star、オリオン座の2番目に明るい星ベテルギウス。
(*17)クンバ月・・・・Kumbha、11番目の月、壺の意、みずがめ座。グレゴリオ暦の2月・3月にあたる。ヒンドゥー暦ではマーガという。
(*18)クリティカ星・・・Krithika star、プレアデス星団、おうし座。
(*19)カールティカ月・・・Kartika、ヒンドゥー暦の8番目の月、グレゴリオ暦の11月・12月にあたる。または、ブリシュチカ(さそり座)といわれる。
(*20)ダヌス月・・・Dhanus、9番目の月。弓の意、いて座。グレゴリオ暦の12・1月にあたる。ヒンドゥー暦ではアグラハーヤナ(マールガシールシャ)と言われる。
(*21)リンガ・プラーナ・・・18あるマハープラーナの1つ。シヴァの象徴・リンガの偉大さと宇宙の起源を描いている。
(*22)シヴァ・プラーナ・・・マハープラーナの1つ。シヴァ神の偉業を称えている。
(*23)スカンダ・プラーナ・・・マハープラーナの1つ。シヴァ神の次男スカンダの出生や巡礼地の説明をしている。

2016年、ティルヴァンナーマライ、山頂に火がともされています

◇『シュリー・ラマナ・マハルシとの対話(Talks with Sri Ramana Maharshi)』 

Talk 218. 1936年1月30日 抜粋

 マハルシは今日、『シヴァ・プラーナ』を調べていました。

マハルシ:
 シヴァは、彼の目に見えない超越的な存在とリンガの側面それぞれによって表されるように、超越的な側面と内在的な側面を持っています。はじめにアルナーチャラとして顕現したリンガは、今日までも立っています。この顕現は、12月に月がオリオン座(アールドラー)あった時に起こりました。しかしながら、それは今でも神聖であると思われているシヴァラートリの日に最初に崇拝されました。

マハーシヴァラートリの日のアルナーチャレーシュワラ寺院での様子だと思います

◇「バガヴァーンのアルナーチャラへの宣誓証言(Bhagavan's Deposition on Arunachala)」

 デイビッド・ゴッドマン氏のブログ(http://davidgodman.org/rteach/bhagdep1.shtml)からの抜粋です。ここでは、祝祭に関する部分だけを抜き出しています。(文:shiba)

マハルシ:
 彼の山がリンガ・スワルーパ、つまり、この山そのものが神であるというアイティヤ(伝承)があります。このアイティヤは他のどこでも見つかりません。それがこの地の栄光の理由です。この地の伝承は、この山は神の姿であり、その本質において、それは光で満ちているということです。毎年、ディーパム祭では、山の本質が光そのものとして祝われます。このための権威はヴェーダ、プラーナ、スートラの中に見出されます。この伝承がこの山がシヴァ・スワルーパであると主張しているため、敬意や崇拝の行為として山の周りを時計回りに歩くギリプラダクシナの修練が起こっています。私もまたギリプラダクシナを信じていて、それを体験していました。

 山と寺院を切り離すシャーストラは存在しません。山と寺院の不可分性はカールティカイ・ディーパムの間に見受けられます。(光をともす)祝祭は、寺院と山の頂上で同時に行われます。山が神の姿であるという伝承の更なる証拠は、半年ごとの祝祭に見ることができます。その中で、寺院のアルナーチャレーシュワラの像は山のプラダクシナを行います。

・・・

主アルナーチャラは山から姿を表し、ブラフマーとビシュヌの要望に応じ、山に戻り、溶け込んだ。同時に、彼は山のふもとにリンガとして現れた。山は主を表し続けている(バガヴァーンの詩、英語でしか残っていないようです)
・・・

 シヴァはいつも三つの形のままいます-①パラブラフマンとして、②リンガとして(ここでは山として)、③シッダとして(ブラフマ・ルーパ、リンガ・ルーパ、シッダ・ルーパ)。

・・・

 シヴァははじめ光の柱として現れました。懇願されるとすぐ、光は山の中に消え入り、リンガとして現れました。両方ともがシヴァです。

上述のシュリー・バガヴァーンの会話からまとめたシヴァ神の祝祭の流れ(文:shiba)

①カールティカイ月のカールティカイ星の日、11・12月ごろ 

 シヴァ神が光の柱として現れる。 ⇒ カールティカイ・ディーパム

  カールティカ[ガ](イ)はタミル語、クリティカ(ー)はサンスクリット語やテルグ語の発音です。

②ダヌス月のアールドラー星の日、12・1月ごろ

 シヴァ神がアルナーチャラ山に入り(の姿を帯び)、山のふもとにリンガが現れる。

 ダヌス月は、ヒンドゥー暦でマールガシールシャ、タミル暦でマールカリと言われます。

③クンバ月、後半15日間の第13日目~14日目の真夜中、2・3月ごろ (2018年は2月13日)

 はじめてヴィシュヌ神たちによって、シヴァ・リンガが崇拝される。 ⇒ マハー・シヴァラートリ

 クンバ月は、ヒンドゥー暦でマーガ月、タミル暦ではマーシ月と言われます。

2013年3月5日火曜日

聖なる山、アルナーチャラの紹介 - アルナーチャラとバガヴァーン・ラマナ

◇『沈黙の力(The Silent Power)』、第一部、「アルナーチャラについて」、p1~9

アルナーチャラ

ルシア・オズボーン

アルナーチャラ!
あなたはハートの中で「私」として踊る内なる自ら
ハートがあなたの名である、おお、主よ!

シュリー・アルナーチャラへの五詩節、第二詩節

 プラーナ(*1)では、アルナーチャラは地上の最古の山として言及され、全世界のハート(核心)とみなされています。科学者もまた、デカン高原の東の山脈を最も古い土地として指摘しています。アルナーチャラは多くの名前を持ちます。少しだけ挙げるなら、アルナギリ、ソーナーギリ(黄金の山)、スダルシャナギリ、アンナーマライであり、また、テージョーリンガム(*2)としても言及されています。それは光輝のリンガムであり、シヴァの無形の象徴です。

 山の形はシュリー・チャクラ(*3)-宇宙とその礎の象徴-に似ていると言われ、シャクタ(*4)はこの山をシュリー・チャクラそのものとみなしています。バガヴァーンは、母へ捧げられた寺院へシュリー・チャクラを安置するのに積極的な役割を果たしました。

 シヴァの信奉者は、この聖なる山をシヴァの姿と思っています。シヴァはブラフマンとヴィシュヌの真ん中に、始まりも終わりもない火の柱として彼らの無知を払うために現れました。両者とも物理的な(身体的な)努力で彼の存在を理解するのに失敗しました。これは心や知性がそれ自体を超えゆけないことを意味しています。アルナーチャラは、伝統的に、スダルシャナ(*5)(チャクラの形、もしくは、ビシュヌの円盤)と同一視されています。神の姿では、スダルシャナは破壊の武器を身につけ、恐ろしい顔つきで現れます。探求者が自分自身の中の恐ろしく見えるもの、つまり、自分自身の心の暗く、低くきに向かう性質を乗り越えようと苦闘しながら、恐ろしいものという外観を超えて見通す時、恩寵が愛と慈悲として現れます。象徴学の権威であるミーズ博士によれば、これがスダルシャナの語源であり、愛と美を明らかにするために、それらの性質の破壊を目的としています。


 多くの聖賢が、アルナーチャラとその重要性を讃えた歌を歌い、作り、ここで真理の光を得た者もいました。シャンカラもまた、アルナーチャラを訪れたようです。彼の詩の一つの中で、彼はこの山を「メール」と呼び、バガヴァーンと同様に、シッダ・プルシャ(*6)がここで見つかると言います。ナマーシヴァーヤ聖者は洞窟の一つに住んでいて、その洞窟はいまだに彼の名前で呼ばれています。彼の弟子は、アルナーチャラを讃えた賛歌である有名なアンナーマライ・ヴェンバを記しました。もう一人の有名なシヴァ派の聖者、ヴィルーパークシャもまた、斜面上のより高い所にある洞窟に住んでいました。その洞窟はオームの形をしている言われていて、そこでオームの音を静かな瞑想の中に聞いた信奉者もいました。その聖者のお墓もそこにあり、その洞窟は彼の名を冠しています。バガヴァーンは17年間その中で過ごし、後にスカンダーシュラムに移りました。そこでは、滴り落ちる水が一夜にして、ガンジス川の流れのように、時とともに衰えることのない四季を通じて続く流れに変わりました。別の有名な聖者であるアルナギリナータルもまた、アルナーチャラの寺院でムルガの恩寵を通じて(真理の)輝きを受け取った後、彼の賛美の歌で褒め称えられています。

 ある日、アガスティヤ・ティールタムと呼ばれるアーシュラムに隣接した池に話が及んだ時、その聖者が山を訪れたことがあるのかマハルシは尋ねられました。バガヴァーンは、「ええ、もちろんです。全ての人が、終には、ここに来なければなりません」と発言しました。それは全ての人が、終には、その源-アルナーチャラに帰らねばならないという意味です。

 ティルヴァールールでの誕生によって、ベナレスでの死によって、チダンバラムでの崇拝によって、そして、ただアルナーチャラを思うだけで救いが得られると聖者たちは言いました。バガヴァーンも、「ですから、輝く黄金の光沢のアルナーチャラを崇拝しなさい。ただを思い出すだけで解放を確かなものとするからです」と肯定しました。

 バガヴァーンは、その山は光の山であると述べました。時には、山の上で光の顕現を見ることができました。初期の年代に、フランス人の信奉者であるスジャータ・センは、かつて、日が暮れた後に女性の信奉者がアーシュラムに留まることを許さない管理秩序に抗議して、山で一夜を過ごしました。この時間は多くの信奉者にとって最も素晴らしい時間であり、バガヴァーンは輝く静寂の内に彼らと共に1時間ばかり座ったものでした。スジャータは彼女の不満を一心に考え続けました。次の日の朝、彼女は自分が山の中に取り込まれ、その中に全世界を発見したと私に語り、それを描写しました。私はそれにあまり注意を払わず、夢か想像として片づけました。たいへん不思議なことに、長い年月の後、正確には1970年に、S.N.タンドン氏という別の信奉者が同じような体験をして、彼はその年の1970年4月の「山の道」の記事に詳細を描写しました。それはダンテの地獄編を彷彿とさせ、段々と光へ通じてゆき、そこで全ての顕現が純粋な「私は在る」という感覚の中に消えます。

 シュリー・ヴィシュヴァナータ・スワーミーは、青年時代から長い年月をバガヴァーンと共に過ごしていた人です。彼は以下の話を我々に語りました。20年代初期、バガヴァーンは彼に、「私がこの山、アルナーチャラについて見たヴィジョンは無数です。私はその中に美しい木立や立派な宮殿を見ました。かつて、私は大きな池とリシやヨーギの大集会がその周りの大きな平原に座っているのを見ました。どの顔も良く知っており、その周辺も同じように良く知っていました。高座がそこにあり、私は昇り、右手をチン・ムドラーの形で掲げ、そこに座りました。それは私のいつもの場所で、いつもの仕草のようでした」と言いました。チン・ムドラーは、親指と人差し指をつなげ、残りの3本の指をまっすぐにして右手を掲げる仕草です。それはダクシナームールティの仕草です。それは個人とブラフマン-三つのグナ(*7)を超えた超越的な現実-の合一を意味します。

 永遠に若者の姿をした古(いにしえ)の教師、シッダ・プルシャが、聖なる輝きを沈黙の中で放ちながら、斜面の一つの高い所で、バニヤンの巨木の下に座しているとプラーナの中で述べられています。

 若い時分、バガヴァーンは山をたいそう歩き回ったものでした。ある日、彼は干上がった水路に途方もなく巨大なバニヤンの葉を見つけ、どのような木がこんな葉をつけるのかと好奇心を持ちました。先に進み、彼は遠くから、切り立った岩壁のようなものの上で成長しているバニヤンの巨木を見つけました。近くに行くと、バガヴァーンはうっかりスズメバチの巣に足を踏み入れてしまい、スズメバチが彼の足をひどく刺すことによって邪魔されたことへの怒りを収めるまで足を戻しませんでした。

 バガヴァーンはその木の近くに行かずに、住まいに戻りました。続いて、彼は信奉者がその場所を見つけようと試みるのを強く思い留まらせました。それは近づき難く、そのようにすることは彼らにとって賢明ではないと言いました。彼は信奉者に、「それは不可能です。私はそれを知っています!なぜなら、を見て、生きている者は誰もいないであろう(出エジプト記、33・20)」と言いました。

 有限の自我は、無限をつかみ、溶け込みうる前に、死ななければなりません。かつて、信奉者の一団が、もちろんバガヴァーンの指示に気づかずにですが、その場所を見つけようと出かけました。気づいてみると彼らは、願い求めうる全ては安全に帰れることだけというような困難な状態にいました!

 アルナーチャラについて記そうとする努力は何であれ、適切な表現を借りるなら、「ユリの花に色を塗る」ようです。バガヴァーン自身よりも巧みに、明瞭にそれを描くことは不可能であり、その場合は両者の間に区別は存在しません。バガヴァーンの姿をしたアルナーチャラが自分自身について語るのです!バガヴァーンのように、その山は生命を持つようになり、我々のハートという最愛の人として、言い表わすことのできない優しさとして我々の前に現れえます。いったい自分自身の自ら、アルナーチャラより近しく、愛しいものがあるでしょうか。

おお、信奉者のハートに湧き出る神酒 .. 私の寄る辺の安息の場所...

-シュリ-・アルナーチャラへの十一詩節、第二詩節

唯一の自ら、唯一の現実のみが永遠に存在する
古の時代の若々しい教師、ダクシナームールティでさえ
無言の雄弁によって、それを明らかにした時
他に誰が、言葉によって、それを伝えられるのか

 -自らについての五詩節、第五詩節

 バガヴァーンは全世界はスクリーンの上の絵のようであり、そのスクリーンは赤い山、アルナーチャラであると説明しました。生じ、沈むものは、それが生じるところのものだけから成り立っています。全世界の最終的なもの(究極)は、アルナーチャラです。アルナーチャラ、もしくは、自らについて瞑想すると、「私」の響きがあります。「私」の源を追跡すると、原初の「私‐私」のみが残り、それは表現できません。「文字で編まれた婚礼の花輪」のまさにその最初の詩節は、これを簡潔に表現しています。

アルナーチャラ!
あなたはハートの内であなたのことを瞑想する人々の自我を根絶する
おお、アルナーチャラ!

 バガヴァーンは尋ねられなければ信奉者にめったに助言をしませんが、山の周回をサーダナの進歩に非常に有益であるとして心から承認し、勧めました。彼自身がギリプラダクシナを数え切れないほど行うことによって模範を示しました。崇拝は、静かに心に留めて、もしくは、バジャンを歌いながら-つまり、さ迷う思いに屈することなく、崇拝する対象を周回することによって表されます。たいていは裸足で行います。もっとも望ましい時期は、満月の日、シヴァラートリ(シヴァの夜)、そして、カールティカイ(・ディーパム)、夜にかがり火が山頂に灯される夜です。巡礼者は目に見えない大勢のシッダやリシ達に付き添われると言われています。祝祭の日、白や明るい色の衣服を着た巡礼者の流れは花輪に似ており、アルナーチャラの周りに振りまかれ、バジャンという方法でその香りを漂わせています。

 様々な精神性の様式を象徴するインドの多くの聖地中で、アルナーチャラはグルの沈黙の影響によって導かれる、もっとも直接的な道の中心として際立っています。それはグルとの身体的な接触を必要としない中心であり、道です。沈黙の教えは、直接的にハートに働き、語りかけます。バガヴァーンは千の顔を持ちますが、本質的に不変で、岩のような何かが彼の中にありました。尋ねられた時には彼は語り、説明しましたが、彼のもっとも偉大で目覚ましい教えは、その山のように、ダクシナームールティのように、沈黙の中で与えられました。バガヴァーンを通じて、彼が自分自身と同一視したアルナーチャラに内在する、聖なる再生のための計り知れない可能性に命がもたらされ、注目が向けられました。

 「シュリー・アルナーチャラへの五つの賛歌」への吉祥なる導入として採用された祝福の詩節は、「パラマートマ、それはアルナーチャラ、もしくは、ラマナと同じである」という言葉を実際に誰が書いたかはっきりしていなかったので、いくぶん困惑させるものでした。もっとも古くからの信奉者の一人で、バガヴァーンに仕えるために弁護士の職を辞したシュリー・T.P.ラーマチャンドラ・アイヤルは意見を求められ、シュリー・ヴィシュヴァナータ・スワーミーもまた意見を求められました。そのことについての彼らの説明は、(以下のようになります)ある日、バガヴァーンがヴィルーパークシャ洞窟を出て、いつもの朝の散歩に出かけた時、アムリタナータ・ヤーティという名前の人がバガヴァーンの座に紙切れを置きました。それには、マラヤーナム語の詩節でバガヴァーンが本当は誰なのか知りたいという彼の大変な熱望が語られていました。

あなたは主ヴィシュヌ、もしくは、シヴァ
もしくは、偉大な文法家ヴァラルチの顕現でしょうか
もしくは、ヤーティ(出家者)の中の最も偉大な方でしょうか

 彼の質問は、古典的な形式と文字で表現されていました。彼が少し後で洞窟に戻った時、バガヴァーンがすでに散歩から帰っていることに気づきました。紙切れの裏にはバガヴァーンの返答があり、同じく韻文とマラヤーナム文字で巧みに表現されていました。それを読むとすぐに、アムリタナータ・ヤーティは身震いを感じ、謙遜の限りを尽くし、バガヴァーンの足もとに、彼自身の言葉を使うなら、「ココナッツの高木が根元から切られたように」崩れ落ちました。答えは以下になります。

ビシュヌから始まる全て(の者)の蓮華の形をしたハートの内に
パラマートマンが絶対的な意識として輝いている
それはアルナーチャラ-ラマナと同じである
心がへの愛に溶け
が最愛の人として住まうハートの奥底に到達する時
微細なる目、純粋なる知性が開き
純粋なる知性としてがその姿を現わす

 (アーサー)オズボーンは、「バガヴァーンの力強い恩寵を通じて、自らの探求の道は、この時代の男女の能力の範囲に持ち込まれ、儀礼も儀式もない現代社会の状況の中で歩める新しい道に形づくられました。・・・時代の必要性に応じる、この新しい道の創造は、アルナーチャラを世界の聖なる中心にしました。今や彼は肉体を脱ぎ捨て、アルナーチャラと一体であるため、彼の方を向き、彼の助けを求める人々に対して彼から発する恩寵と導きは、今まで以上に外面的にはアルナーチャラに集中しています。そこには多くの人々が、バガヴァーンの存命時にその弟子であった人々と後から来た人々が共に引き寄せられています」と記しました。

 バガヴァーンの存命時と同じく、今でも、「シュリー・アルナーチャラへの五つの賛歌」から選ばれた適当な詩節を繰り返すことで、自分自身の言葉よりもはるかに効果的にアルナーチャラ-ラマナに話しかけることができます。それは、彼と離れていない彼の弟子の代わりに、バガヴァーンが記したものです。絶対的な意識の一つの形態に過ぎない個人は、恩寵を通じ、絶対的な自由という根源的な境地を取り戻すため、その有限性と戦います。これらの詩節は信奉者自身の心(ハート)から出ています。

五感という盗賊が私の中に押し入ったときでさえ
あなたは依然として私のハートにいるのではないのか
おお、アルナーチャラ?

あなたの本当の自らを勇敢に求めるとすぐに
私は心の支えを失った
私に憐れみを持ちなさい、おお、アルナーチャラ!

あなたが恩寵の手を憐れんで延ばさないなら
私は道に迷っている、おお、アルナーチャラ!

今、目を向けるなら私は愛されそうもないが
それでも、あなたの恩寵で私を飾り、私を見つめなさい
おお、アルナーチャラ!

あなたは私に混乱への薬を処方した
それなら、私は困惑していなければならないのか!
あなたは恩寵として、一切の混乱の治療薬として輝いている

おお、アルナーチャラ!
主よ!荘厳たるソーナーギリを統治する意識そのものよ
この浅ましい私の重大な悪事を許し
雨雲のように恵み深いあなたの慈悲深いまなざしで
わびしい荒れ地で道に迷う私を、今いちど、救いなさい
そうでなければ、私は容赦のない(万物の)現われ(の流れ)を渡ることができない

主よ!恵み深くも
罠にかかった鹿のようにもがく疲労の中の私を楽にしなさい
主、アルナーチャラよ!あなたの意図はいったい何なのか

おお、純粋な方よ!
五つの要素、生ける者、そして、顕現した一切万物が
あなたの全てを包む光でしかないなら
どうして私だけがあなたから離れていられるのか・・・

 バガヴァーンは、彼が存在し続けているという多くの示唆を与えました。常に存在し、全てに行き渡っているため、いったい彼がどこに行けるというのでしょうか。外面上は山として現われ、目に見えますが、以前のように導きながら、彼はいつもここに留まります。「体だけが移動し、自らはただ在る」とバガヴァーンはよく言いました。彼の体は移動し、消え去りました。彼は常に在るがごとく、ただ在り、その恩寵の目に見える支えはアルナーチャラです。ここに来れること、ここに滞在できることは大変な祝福です。長い年月の後も、毎日は依然として贈り物のようです。人はその生き生きとした存在、輝き、そして、力強い聖なる助けを感じざるをえません。その助けは、それを求める人々、とりわけ、この信仰の持つ働きに身を委ねるほど十分に謙虚な人々に与えられます!

ジニャーナ・タパスに富んだ人々(智慧を得ようと常に意図する者たち)を
それ自体に引き付ける山は、このアルナーチャラである

-アンナーマライ・ヴェンバ



(*1)プラーナ・・・トリムールティ(ブラフマー、ビシュヌ、シヴァ)を主要として、様々な神々を賛美するヒンドゥー教の聖典。
(*2)テージョーリンガム・・・テージョーは「火、光」を意味し、リンガムは「しるし」という意味で、シヴァ神を表したもの。
(*3)シュリー・チャクラ・・・物質的全世界とその未顕現の源の結節点である中心点を囲み、9つの三角形が組み合わさり、43の三角形を形作っているヤントラ(象徴的図形)。シュリー・ヤントラとも言う。トリプラ・スンダリーという名の女神の象徴的表現でもある。
(*4)シャクタ・・・シャクティズムを信奉する人々。シャクティズムは、シャクティ、または、デヴィー-聖なる母-を至高のブラフマンそのものとして信仰している。
(*5)スダルシャナ・チャクラ・・・ヴィシュヌ神により使用される、回転する108つのノコギリ状の刃をもつ円盤状の最上の武器。プラーナによると、スダルシャナ・チャクラは敵を究極的に滅ぼすために使われる。
(*6)シッダ・プルシャ・・・悟った人、完全な存在、聖者
(*7)3つのグナ・・・自然(プラクリティ)を構成するサットヴァ(創造)、ラジャス(保持)、タマス(破壊)という3つの働き。

2013年1月22日火曜日

アルナーチャラ(アンナーマライ)山とアルナーチャレーシュワラ寺院

◇『シュリー・ラマナ・マハルシと向かい合って(Face to Face with Sri Ramana Maharshi)』 

付録1-ティルヴァンナーマライのアルナーチャラ山とアルナーチャレーシュワラ寺院

アルナーチャラ山

 シュリー・ラマナが50年以上住んだ偉大なアルナーチャラ山は、タミル・ナードゥのティルヴァンナーマライという町にあります。その街自体がアンナーマライ山(*1)にちなんで名づけられ、タミル語で「シュリー」に相当する接頭辞の「ティル」を伴っています。タミル語の「アンナーマライ」という言葉は、「たどり着けない山」を意味しています。「アンナル」は主シヴァの特別の名前であり、彼はその場所に火の柱の姿で現れました。その頂上にも、根元にも近づけないため、それゆえ、たどり着けないのです。そうして、山はアンナル・マライ(マライはタミル語で山を意味します)として知られるようになりました。その言葉はゆっくり訛(なま)ってゆき、アンナーマライとなりました。ポール・ブラントンは、『アルナーチャラからのメッセージ』の中で、アメリカ出身の地質学者の友人が、アルナーチャラは、石炭を産出する地層が形成されるよりもさらに前のはっきりしない時代に、激しい火山の噴火の圧力を受けて地表によって持ち上げられたという見解を抱いていたと記しています。

 周囲約10kmであるその山は、最も高い地点で海抜(およそ)3000フィート(914.4m)の高さまであります。アルナーチャラは、アルナギリとしても知られています。シュリー・ラマナは、アルナは「赤い」、「火のように明るい」を意味すると説明しました。この火は、知恵の火(ジニャーナグニ)です。アーチャラ、もしくは、ギリは山です。ですから、それは知恵の山を意味します。アーディ・シャンカラは、それは伝説のメール山(*2)であると言明しました。

 その本の初めのシュリー・ラマナの人生の概略の中に記されているように、「アルナーチャラ」というまさにその言葉は、どいうわけか、シュリー・ラマナを子供のころから魅了していました。アルナーチャラを尋ね、彼は家を離れました。後に残した短い手紙で、彼は彼の父なる神(Father)を探しに行きますと述べました。彼にとって、アルナーチャラはただの山ではありませんでした。それは絶対的な聖霊(Spirit)の目に見える象徴でした。

 信奉者のお気に入りである彼の詩、アルナーチャラ・アクシャラ・マナ・マーライ(*3)は、「アルナーチャラへの文字で編まれた婚礼の花輪」を意味します。それは婚礼の神秘主義(マドゥラ・バクティ(*4))の好例です。ここでシュリー・ラマナは親しい愛の言葉を用い、主と会話しています。彼はまた、彼の愛しいアルナーチャラに恋焦がれ、おだて、叱り、言い争っています。その詩はシュリー・ラマナによって、1913年、彼が13kmの山の周りを巡っている時に作られました。ギリ・プラダクシナとして知られるこの儀式はシヴァ神の信奉者により熱心に行われ続けています。

 シュリー・ラマナはかつて、「山の聖なる部分からとった石を欲しがる海外からの人もいます。彼は山全体が神聖であることを知りません。山は主シヴァ自身です。我々が我々自身を体と同一視するように、シヴァも彼自身を山と同一視することを選びました」と言いました。

アルナーチャレーシュワラ寺院(*5)

 その名前が示すように、これはアルナーチャラのイーシュワラ(神)、つまり、主シヴァの寺院です。これは南インドでもっとも大きい寺院の一つで、1000年以上経っています。寺院の構造は、本当に驚くべきものです。東の塔(ゴープラム)は217フィート(66.1m)の高さがあります。巨大な寺院には、数多くの神殿、マンダパム、ゴープラム、囲い地があります。

 シュリー・ラマナの最初の伝記作家であるB.V.ナラシンハ・スワーミーによると、シュリー・ラマナは、1896年9月1日の朝にティルヴァンナーマライの駅に降りた後、この偉大な寺院へまっすぐに進みました。彼が最も奥の神殿に進んだ時、彼以外に誰も人はいませんでした。彼は(リンガムの形の)アルナーチャレーシュワラに、「おお、神よ。あなたの招きに従い、私は全てを捨て、やって来ました」と呼びかけました。彼はしばらくの間そこに恍惚として立ち、それから聖域を離れました。シュリー・ラマナのティルヴァンナーマライの最初の数か月の滞在は、この寺院の様々な場所で、深い瞑想の中に過ごされました。

曲:Joy 「Sri Deva Ashtottara Shata Namavalih」

(*1)アンナーマライ山・・・「アルナーチャラ」はサンスクリット語で、タミル語では「アンナーマライ」となります。
(*2)メル山・・・シュメル(素晴らしいメル)やマハーメル(偉大なメル)とも呼ばれる。ヒンドゥー教、ジャイナ教、仏教の宇宙論における聖なる山で、全ての世界の中心とみなされている。主ブラフマーや半神半人の住処でもある。
(*3)http://arunachala-saint.blogspot.jp/2012/01/marital-garland-of-lettersakshara-mana.html
(*4)神を自分の愛しい人に見立て、表わす献身。信奉者を神のすぐ近くに連れてくるとても力強い献身の形。
(*5)アルナーチャレーシュワラ寺院の美しい写真 → http://yutan123.world.coocan.jp/tb/ind/tiruvannamalai.htm