2015年4月26日日曜日

『A Search in Secret India』 第9章 ⑦出会いのごとき別れ

◇『秘められしインドでの探求(A Search in Secret India)』 邦題:秘められたインド

 私は彼のもとを離れ、密林の中の静かな場所へと遠ざかり、そこで覚え書きと書籍に囲まれて、その日の大半を過ごした。夕闇が迫るころ、私は講堂へ戻った。1、2時間の内に、ポニーの四輪車か雄牛の二輪車が到着し、隠遁所から私を運び去る。

 燃えているお香が空気に香りをつける。私が入ると、揺れているプンカーの下でマハルシは半ばもたれかかっていたが、すぐに上半身を起こし、彼のお気に入りの姿勢をとった。彼は足を交差させて座り、右足は左太ももの上に置かれ、左足は右太ももの下に単に収められていた。マドラス近郊に住むヨーギ、ブラマによって、よく似た姿勢を見せられたことを私は思い出した。彼はそれを「安楽座」と呼んだ。実際、それは半跏趺坐であり、なかなかにやりやすい。マハルシは、習慣通り、右手であごをつかみ、肘をひざの上に置いた。次に、彼は私を注意深くじっと見つめたが、全く沈黙したままだった。彼のそばの床上に、彼のひょうたんの殻でできた水差しと彼の竹の杖を私は目にとめた。一片の腰布を除き、それらは彼の唯一の浮世の所有物だった。我々西洋の貪欲の精神への何という無言の論評なのか!

 彼の両目は常に輝いているが、着実によりうつろになり、定まった。彼の体は硬直した姿勢になった。彼の頭はわずかに震え、その後、静止した。さらに数分後、私がはじめて彼に会った時に彼がいた忘我のような状態に彼が再び入ったことがはっきり見て取れた。何と奇妙にも、我々の別れは我々の出会いを繰り返すのだろうか!誰かが顔を私の顔に近づけ、「マハルシは聖なる忘我の状態へ入りました。今や話しても無駄です」と耳元でささやいた。

 静けさが小集団に訪れる。一分一分がゆっくりと過ぎるが、静寂はただ深まるばかりだ。私は宗教的ではないが、私の心をつかみ始めた増しゆく畏敬の感情に私が抗えないのは、蜂が香り高く咲く花に抗えないのと同じだ。つかみどころがなく、名状しがたい微細なが、講堂に充満していき、私に深く影響を及ぼす。疑いなく躊躇なく、私が感じるのは、この謎めいた力の中心がマハルシ自身に他ならないということだ。

 彼の両目が驚くべき光沢をもって輝く。奇妙な感覚が私の中に生じる。その光沢のある眼球は、私の魂の最も奥まった所をのぞき込んでいるように思える。一風変わった方法で、彼が私の心の中で見ることができる一切のものに気づいていると私は感じる。彼の謎めいた一瞥が私の思い、私の感情、私の欲求を見通す。その前に、私はなす術もない。はじめ、この当惑させる眼差しは私を悩ませた。私は漠然と不安になった。私が忘れていた過去に属する記録を彼が見てとったのだと私は感じた。彼はそれを全部知った、確かに私はそう思った。私には逃れる力がない。どういうわけか、逃れたいとも思わない。何らかの好奇心をそそる未来の暗示が、その無慈悲な眼差しに耐えるよう私に強いた。

 そうして彼は私の弱々しい魂をしばらく捕らえつづけ、私の雑多な過去を見てとり、私をあれやこれやの道にいざなった入り混じった感情を感じた。しかし、彼がまた、どのような心に破壊的な探求が私を駆り立て、一般的な道から離れさせ、彼のような人々を探し出させたのかも理解したと私は感じた。

 我々の間をたゆたうテレパシー的な流れの中に、はっきりと分かる変化が訪れた。その間、私の目は頻繁にまばたきしたが、彼の目はわずかの揺らぎもないままだった。彼が私自身の心を彼の心に確かに繋ぎつつあることに、彼が私の心を刺激して彼が永続的に享受しているように思える星々のごとくきらめく平穏の境地へ入らせようとしていることに私は気づいた。この並外れた安らぎの中で、私は高揚感と軽快感を見出した。時は静止しているように思えた。私の心は心配の重荷から解き放たれた。怒りの苦渋や満たされない欲求の憂鬱が私を悩ませることは二度とないだろうと私は感じた。種に生まれついてある深い本能、人に元気を出すよう命じ、希望を抱くように彼を励まし、人生に影が差した時に彼を支えるそれは、真の本能であると私は深く悟った。なぜなら、存在の本質は善であったからだ。この美しい高まった沈黙の中で、時計が動きを止め、過去の悲しみや誤ちが取るに足りないもののように思えた時、私の心はマハルシの心の中に沈み込みつつあり、知恵は今やその近日点にあった。この人の眼差しは、私の卑俗な目の前に予期せぬ輝きをもつ隠された世界を呼び出す魔術師の杖以外の何であるのか。

 この弟子たちが、わずかの会話とよりわずかの快適なもので、彼らを引きつける外的な活動もなしに何年も賢者のまわりに留まっているのはなぜなのか、私は時々自問していた。今や私は理解し始めていた-思考によってでなく、稲妻のような啓示によって-その年月の間中ずっと、彼らが奥深い静かな報酬を受け取っていたことを。

 今まで講堂の全ての人は沈黙し、死のような静寂に入っていた。ようやく誰かが静かに立ちあがり、出て行った。彼の後に別の人、さらに別の人と続き、終には全員いなくなった。

 私はマハルシと二人っきりだ!以前に一度もこんなことは起こらなかった。彼の目が変化し始める。両目が針の先まで狭まる。その現象は、カメラのレンズの焦点を「絞ること」に奇妙に似ている。今やほとんど閉じられた、まぶたの間で輝く強烈なきらめきにすさまじい高まりが訪れた。突如、私の体は消えたように見え、我々二人は空間の外にいた!

 それは決定的な瞬間だった。私は躊躇したが-この魔法使いの呪文を破ろうと決意した。その決意は力をもたらし、今一度、私は肉体の中に、講堂の中に戻った。

 一言も彼から私に伝えられなかった。私は気持ちを落ち着け、時計のほうを見て、静かに立ち上がった。別れの時間が訪れた。

 私はお辞儀して、別れの挨拶をした。賢者はその行為に気づいたことを無言で知らせた。私は感謝の言葉を二言三言述べた。再び、彼は無言でうなずいた。

 私は入り口で名残惜しげに居残っていた。外で、鈴がチリンチリンと鳴るのを私は聞いた。雄牛の二輪車が到着したのだ。今一度、私は手のひらを合わせ、両手を掲げた。

 そして、我々は分かれた。

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