『ラマナ・ペリヤ・プラーナム』の副題は、「75人の古参の信奉者たちの内なる旅」です。バガヴァーンの弟の息子の長男・V.ガネーシャンが、バガヴァーンと直接に親交のあった信奉者たちに話を聞くことによって集められた信奉者たちのバガヴァーンとの思い出です。(文:shiba)
サンプルナンマル
めったに比較をしないバガヴァーンがサンプルナンマルについて、「彼女は我々の最高の女性料理人です」と言いました。サンプルナンマルは文字通りは「甘い詰め物」を意味します。しかし、その聖なる意味は、「完全な至福」です。サンプルナンマルはバガヴァーンの村、ティルチュリの隣の村で生まれました。彼女は若いラマナの死の体験、彼のティルヴァンナーマライへの出発、どのように彼がバガヴァーン・シュリー・ラマナ・マハルシとして知られるようになったかについて聞いていました。彼女の家族は大変にわくわくしながらそれぞれの出来事に耳を傾け、彼のダルシャンを持ちたいと思いました。家族はサンプルナンマルを誘いました。彼女は彼女の夫と親族に彼女の時間を捧げたいと思っていたので断わりました。しばらく後に、サンプルナンマルは夫を失いました。このために彼女は慰めようのない悲しみと苦しみの内にいました。彼女の家族は彼女がこの憂鬱から抜け出るのを手助けしたいと思い、彼らはバガヴァーンのみが彼女が正常を取り戻す助けになると強く信じていたので、彼女にバガヴァーンを訪問するように勧めました。しかしながら、彼女は悲嘆にふけることをただ望み、今一度、誘いを断わりました。
それでも、バガヴァーンの恩寵を見てください!ある日、彼女がマドゥライのミーナクシ寺院で神殿で祈りを捧げている時、晴れやかな顔つきの若いバラモンの少年が彼女の祈りを妨げました。彼は、「私のために食事を食事を作ってくれませんか」とかなり断固とした調子で尋ねました。これは奇妙な要望でした!施しものを頼む時、托鉢修道者は食べ物だけを頼みます。しかしながら、ここには「私のために食事を作ってくれませんか」と尋ねる晴れやかな顔つきの奇妙なこの若者がいました。祈りをほとんど終えていたサンプルナンマルは、「私にとってバラモンに食事を与える良い機会だわ。私はとても幸せだわ!」と自分に言いきかせました。しかし、その若い男は突然に姿を消しました。彼女はあちこち彼を探しました。その時、彼が彼女を探しにやってきたバガヴァーン以外の何者でもないかもしれないということが彼女に分かってきました。
それで、1932年に、サンプルナンマルは彼女の妹と義理の弟のナーラーヤナ・アイヤル医師と共にティルヴァンナーマライへ行きました。彼女はいまだ深く悲しんでいました。しかし、バガヴァーンからの一瞥により、彼女は一変しました。そのまなざしは心を癒やすものでした。彼女はバガヴァーンを見続け、バガヴァーンもまた彼女を見つめました。その結果は魔法のようでした。彼ら3人はアーシュラムにそのまま二十日間滞在しました。サンプルナンマルは体をよく動かし、それゆえに瞑想するとはどういうことなのか少しも知りませんでした。しかしながら、彼女がバガヴァーンの面前に座った時、彼女は瞑想的な状態に努力なしで連れ行かれました。彼女が彼の面前にいる時、彼女はまるで思いを抱きませんでした。彼女が町にいて彼から離れている時、思いが彼女の心を束縛しました。次の日、彼女がバガヴァーンの面前にいる時、彼が彼女を見続けたので、彼女は再び思いのない状態を経験しました。バガヴァーンは彼女にこれが聖なる働きであり、超常的な働きでないことを理解してほしかったので、彼女に「私は誰か」を1冊与えました。
二十日後、サンプルナンマルは村に戻り、自分が落ち着かないことに気づきました。彼女はアーシュラムで自分が経験した平静はバガヴァーンがいるためであると悟りました。彼女は戻ることを決意しました。彼女の伯父は彼女の苦境を理解し、彼女をアーシュラムまで送り届けました。そこで、彼女は料理人のサンタンマルが出かけようとしていることに気づきました。「サンタンマルが行けるように料理をしに行ってくれませんか」とバガヴァーンの面前で尋ねられた時、彼女は感激しました。バガヴァーンが彼女を見た時、彼女は心の中で「ああ、これがあなたの奇術ですか!」と言いました。そのようにして、その責任が彼女の肩にかかることになりました。彼女はその日の食事を作り、彼女がバガヴァーンに給仕している時、この人がまさしく寺院で自分のために食事を作ってくれないか彼女に尋ねた若いバラモンであることを彼女は悟りました。まさしく最初の食事を給仕することにより、彼女は聖なる探求を始めただけでなく、それを終えもしました。彼女は自分がひとりのバラモンに食事を与えているだけではなく、ブラフマン、我々の一人ひとりの内にいる神に食事を与えていることを悟りました。彼女はそのままアーシュラムに居続け、バガヴァーンに食事を作りました。
サンプルナンマルは料理の仕方を知っていましたが、彼女に料理の細かい微妙なところを教えたのはバガヴァーンでした。彼は豆類、穀類、野菜を調理する様々な方法を教えただけでなく、その時間にたくさんの話をしました。彼は彼の少年時代の話から始め、徐々にヴェーダーンタについての話に進み、ついには自らの教えに達しました。彼は彼女に真理の至高の境地は「私は在る」という境地であると教えました。バガヴァーンはまたサンプルナンマルに『リビュ・ギーター』を与え、その意義を説きました。このことだけをバガヴァーンが教えたのではありませんでした。サンプルナンマルは(以下のように)言いました。「バガヴァーンはまた、仕事は他者への愛であると私たちに教えました。彼がまさにそこにいることによって、彼は私たちに私たちみなが神の面前にいて、私たちが行うすべての仕事は彼(神)への奉仕であることを理解しました。彼は私たちに哲学と聖なる事柄を教えるために料理を使いました。たとえば、バガヴァーンは私にかつて、『野菜を調理する時、野菜を(ふたで)覆わなければなりません。その時だけ、野菜は香りを保ち、食べるのに十分適しています。心についても同じです。あなたは心にふたをして、静かにコトコト煮させなければなりません。その時だけ、人は神が飲み込むに十分ふさわしい食べ物になります』と言いました。料理に関してバガヴァーンが与えるこれらの細かな指示は、バガヴァーンが美味しい食べ物を好み、思う存分食べたという誤った印象をよく知らない人に残すかもしれません。それとは逆に、バガヴァーンは給仕される時、彼は我々に給仕することを許した少ない食事を混ぜ合わせました。彼は食べ物の味をまったく考慮しないかのように、甘いもの、酸っぱいもの、辛いものを混ぜ合わせ、無関心に一口で食べました!時に我々が彼にそれを指摘した時、バガヴァーンは微笑んで、『多様性はたくさんです!統一性をあらせましょう!』と言いました。別の機会に彼は、『この分離性はどうしてですか?全てのものは一つの区別できない統一体であるべきではないですか』と言いました」。
サンプルナンマルは、どのように真理の探求者が素早く、容易く、努力なしに成熟できるのかについての手がかりを我々みなに与えています。ヒンドゥー教の聖典の中で保障されているように、これはグルの恩寵によってのみ可能です。より高い内なる至福の境地は、逃れることができないグルの恩寵によって可能です。彼女は、「バガヴァーンもたいへん熱心に働きました。彼は料理に精を出しました。彼は使われるべき材料の正確な割合を知っていました。彼はいつも間違いなく、私達に同じようにするように助言しました。私たちがしなければならないこと全ては彼の指示に従うことでした。私たちが料理する時に彼のことを考えたなら、料理はその日おいしくなりました。こういうふうにして、料理をおいしくするために、はじめに彼のことを考え、その後で必要な材料を入れることを私たちは学びました。次第に、私たちは実際に料理する前に彼を思うこの過程を広げ、どのような活動-どれほど平凡であったり、ささいなことであっても-それを始める前に彼を思うようになりました。私たちは最終的な結果がいつもうまくいくことに気づきました。そのため、彼を思うことは私たちの生活のなくてはならない一部となり、私たちはバガヴァーンに集中することを学びました。私たちが恐れたり、不安に思ったり、苦しんでいた時はいつでも、彼の援助の手が私たちに下りてくるのを感じるためには、私たちはただ彼を思いさえすればよかったのです」と言いました。彼女が述べたことを証明するためにバガヴァーンの言葉を引用して、「アーシュラムにくるため、また家に帰るためにも、私は木が生い茂った道を一人っきりで歩いて通らねばなりませんでした。ここは山のふもとにありました。私は時々少し怖く思いました。バガヴァーンが私の恐れを知るようになった時、彼は『どうして怖がるのですか。あなたと共に私はいませんか」と言いました。チンナ・スワーミーがいつか私に『どうして一人で来ているのですか。怖くないのですか』と尋ねた時に、彼は今一度、この事実を裏づけました。これに対し、バガヴァーンは、『彼女は一人ですか。いつも彼女と共に私はいませんか』と答えました」と加えて言いました。サンプルナンマルが述べたように、我々が注意をバガヴァーンに集中するなら、彼はいつも我々と共にいて、我々を導き、我々をより成熟させているのです。
私はサンプルナンマルによって提供される二つの美しい思い出を共有したいと思います。そこで彼女はどのようにスッバラクシュミーアンマルがただ平凡な日常の出来事を経験するだけで最高の聖なる状態に連れ行かれたのかを明らかにしています。バガヴァーンは医者にバターミルクよりもヨーグルトを食べるように勧められていました。しかし、全ての人にとって十分なヨーグルトはなく、バガヴァーンは彼のための特別なものを食べませんでした。ある日、スッバラクシュミーアンマルがバガヴァーンにバターミルクを給仕している時、彼女がとてもいい思いつきだと考えたあることをしました。彼女はひそかにヨーグルトのひしゃくをバターミルクのバケツに入れて持って行き、バガヴァーンに給仕しました。バガヴァーンは彼女をじっとみつめ、苦しげな調子で言いました。「スッバラクシュミー!あなたは私に何をしたのか知っていますか。あなたは私に毒を給仕しました!どのような類であれ、私と信奉者たちの間に差別をすることは、まったくの毒です」。スッバラクシュミーアンマルはたいへんにうろたえ、三日間熱を出しました。サンタンマルはバガヴァーンのもとへ行き、「バガヴァーン、あなたはスッバラクシュミーアンマルに怒っています。哀れな女性は高熱を出しています。どうか彼女を許していただけませんか」と言いました。バガヴァーンはほほ笑み、尋ねました。「私は彼女に怒りましたか?私は彼女の振る舞いにだけ怒りました」。熱は即座に引きました!
二つ目の出来事もとても美しいものです。サンプルナンマルは、「昔、私は友人たちとベナレスに巡礼に行くためにバガヴァーンの許可を求めました。バガヴァーンは私をからかって、『ここアルナーチャラで見つけられない何をベナレスで見つけるつもりなのですか』と尋ねました。彼はそれから続けて、『ヴィシュワナータ、ベナレスの主はここにいます。彼があなたと共にここにいるのに、どうして彼を探しに行くのですか』と言いました。彼は自分自身に言及していました。なぜなら、彼は、『彼があなたと共にここにいるのに、どうして彼を探しに行くのですか。彼はここに我々と共に、我々すべてのものの中にいます。彼はここにいます』と言いました。バガヴァーンが私に許可を下さらないので、私は旅行を断念しました。しかし、まあ師の思いやりを見て下さい!まさに次の日の朝、バガヴァーンは私に、『サンプルナンマル、私は昨夜、夢を見ました。私はあなたがベナレスの主ヴィシュワナータ寺院で崇拝をしているのを見ました』と言いました。それは単なる夢だったのでしょうか。その寺院で私に崇拝する機会を与えるために、彼が私をそこに連れて行き、連れ帰って来たように私は感じました」と言いました。バガヴァーンは確かにサンプルナンマルをとても思いやっていました。彼女の周りにいる人々は彼女の性格の欠点ばかりが見えました。しかし、バガヴァーンはそのすべてを大目に見て、彼女がそれらの欠点から持ち上げられ、かの聖なる完全性の境地へ高められるように、彼女に並外れた注意を払いました。
サンプルナンマルは、バガヴァーンのアーラーダナの日(命日)にアーシュラムで亡くなりました。私は彼女の体を火葬場まで運び、そしてまた積んだ薪に火をつけるという大変な栄誉を得ました。これはバガヴァーンが私に授けたもう一つの祝福です。
◇『シュリー・ラマナ・マハルシと向かい合って(Face to Face with Sri Ramana Maharshi)』
上の話と重複しない部分などを抜粋して、以下に訳します。(文:shiba)
65.
サンプルナンマルは(1899-1993)はバラモンの未亡人で、アーシュラムに料理人として長く奉仕しました。
・・・
村に帰り、私は落ち着きませんでした。私はアーシュラムに行きたいと切望しました。そして、そこに偶然行くことになった叔父に喜んで同行しました。到着するとすぐに、私は調理場を手伝うことになりました。私は料理が得意ではありませんでしたが、バガヴァーンはいつも私のそばにいて、詳しい指示によって私を手助けしました。彼の確固とした原則は、健康は簡単に消化できる食事にかかっているというものでした。それで、私たちはうすで挽き、とろ火で煮ることに何時間もかけたものでした。バガヴァーンは調理場で助言するためにいつも喜んで講堂を離れました。
昔、ある人がナスビをどっさり送って来て、私たちはくる日もくる日もナスビを食べました。茎だけが大きな山となり、隅に置かれていました。バガヴァーンは私たちにそれをカレーとして料理するように頼みました。私は唖然としました。なぜなら、牛でさえもそのような役に立たない茎を食べようとはしないだろうからです。バガヴァーンは茎は食べれると主張し、私たちは乾燥エンドウ豆と一緒にゆでるためになべに入れました。数時間ゆでた後、それは依然として固いままでした。私たちはどうすべきか途方に暮れていました。しかし、私たちはバガヴァーンの邪魔をする勇気はありませんでした。バガヴァーンは調理場で彼が必要とされる時をいつも知っていて、議論の真っ最中でさえ講堂を離れたものでした。その時々の訪問者はバガヴァーンの心が料理に向けられていると思ったものでした。実際、彼の恩寵は料理に向けられていました。いつも通り、彼は私たちを見捨てず、調理場に現れました。「カレーはどうなっていますか」と彼は尋ねました。「私たちが料理しているのはカレーですか?私たちは鉄の爪をゆでています!」 私は笑いながら声をあげました。彼は調理したものをひしゃくでかき混ぜ、何も言わずに去りました。そのすぐ後で、私たちは茎がとてもやわらかくなっていることに気づきました。料理はとてもおいしく、多くの食事する人たちがおかわりを頼んでいました。
料理人として、バガヴァーンは完ぺきでした。彼は私たちにとても厳格でした。私たちはすぐに彼の指図は一から十まで守らねばならないことを学びました。私たちが彼の指示に従っている限り、料理に関するすべてのことはうまくいきましたが、自分たちで行おうとした瞬間に私たちは困ったことになりました。
・・・
バガヴァーンは何も無駄にすることを許しませんでした。地面にある米粒やからし種のひと粒でさえ拾い上げられ、ほこりを払われ、調理場に連れて行かれ、その適切な場所に置かれました。私は彼にどうして米粒ひとつにそんなにも労を費やすのか尋ねました。彼は、「ええ、これが私のやり方です。すべてのものが私に世話されていて、私は何も無駄にはさせません。このことにおいて、私はとても厳格です」と言いました。
私たちが料理をしている間に、彼は私たちに話をしました。彼は私たちに宗教や哲学を教えるために料理を使いました。彼はまた、仕事は他者への愛であると私たちに教えました。彼は私たちに他者への奉仕の精神をしみこませました。彼の存在そのものが、私たちがいつも神の面前にいて、全ての仕事は彼(神)のものであるということを私たちに教えました。
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昔、別の女性の料理人と私自身は山の周りを歩くことを決めました。私たちはとても早くに出発しました。私たちは木が生い茂ったところをとても恐れていました。少しの道のりを歩いた後、私たちは奇妙な青い光を私たちの前に見ました。それは神秘的なもので、私たちはそれが幽霊だと思いましたが、それは私たちを道に沿って案内しました。それが私たちの道案内をしていることに気づいた時、私たちはそれに安心感をいだきました。それは夜明けに私たちから去りました。
別の時、私たち二人は朝早くに山の周りを歩いていて、家庭や親戚のことについておしゃべりしていました。私たちは遠くに私たちの後についてくる男に気づきました。私たちは人気のない森を通らねばならなかったので、彼に私たちを追い越させ、先に行かせるために立ち止まりました。彼も立ち止まりました。私たちが歩く時、彼も歩きました。私たちは不安を感じ、「主アルナーチャラ、あなただけが私たちを救えます」と声に出して祈りました。その男は私たちに追い付き、「ええ、アルナーチャラが私たちの唯一の拠り所です。あなたの心を絶えず彼に留めなさい。いつも彼を心に抱きなさい」と言いました。私たちは彼は一体誰なのだろうと思いました。山を巡っている時に世俗的な事柄を話すことはふさわしくないということを私たちに思い出させるために、彼はバガヴァーンによって送られたのでしょうか、それとも、人の姿をしたアルナーチャラ自身だったのでしょうか。私たちは振り返りました。しかし、道には誰もいませんでした。
月経の間、女性にはアーシュラムの食べものは与えられず、アーシュラムに入ることも許されませんでした。昔、バガヴァーンが私が三日間来ない予定で、アーシュラムの門の前のマンダパムに座っていると告げられた時、彼は私を中に連れて来て、アーシュラムの食事を給仕するように命じました。全ての人が衝撃を受けました。なぜなら、それは一般に受け入れられた規則に明らかに反するものだったからです。そのようにして古来の規則は破られ、バガヴァーンはその違反を是認しました。
昔、私は夕食を野外で食べてはどうかと提案しました。バガヴァーンは同意して、私たちは講堂のそばの中庭で食事が給仕されるように準備しました。バガヴァーンが私たちと座っている時、私たちは彼の頭のまわりに力強く輝く後光を見ました。それは月の光か、何か他の原因だったのでしょうか。私には分かりませんが、後光はそこにあり、多くの人がそれを見ることができました。食事の直前に、誰かがみんなに十分な量の大きなかご一杯のお菓子を持ってきました。これは偶然だったのでしょうか、それともバガヴァーンの素敵な戯れだったのでしょうか。
◇『Ramana Smrti-Sri Ramana Maharshi Birth Centenary Offering』、188~192
調理場のバガヴァーン
サンプルナンマル
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バガヴァーンの確固とした原則は、健康は食べ物しだいであり、適切な食事によって健康は取り戻す事が出来、健康を十分に維持できるというものでした。彼はまた、細かくすりつぶすことと注意深い調理によって、どんな食べ物でも簡単に消化できるようになると信じていました。
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彼は私たちに穀物、豆類、野菜の無数の調理法を教えました。彼は私たちに、幼少時代からの話や、彼の母親、彼女のサンプルナム(甘い詰め物)の作り方の話を語りました。
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調理場では、彼は味と見た目における完璧を目指す料理長でした。
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彼が私たちのために調理に並外れた気遣いをかけていたのは、明らかです。彼は私たちに健康でいて欲しいと思っていて、調理場で働く人々にとっては、調理は深い聖なる体験になりました。
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ある日、彼は私に「リビュ・ギーター」を1冊下さり、それを学ぶよう促しました。私は学識あるパンディットにだけ役立つ難解な文章を熟読する気はまるでなかったので、その一言も理解できませんと言って、容赦して下さるように頼みました。彼は、「理解できなくてもかまいません。それでも、大変あなたのためになります」と言いました。
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(食べ物を無駄にしないことに関して)別のある日、彼は、「これは私の父なる神、アルナーチャラの所有物です。私はそれを保護して、彼の子供たちに手渡さねばなりません」と言いました。彼は私たちが食べられると夢にも思わないものさえ、食べ物に使いました。野草、苦い根っこ、ピリッとする葉っぱは、彼の指示のもとに、美味しい料理に変わりました。
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(ナスビの茎のカレーについて)バガヴァーンを除く、全ての人がカレーと料理人を褒めました。彼は薬のように一口でのみ込み、おかわりを断わりました。私はとてもがっかりしました。なぜなら、私は彼の茎を調理するのに大変苦労したのに、彼はそれをきちんと味わいさえしなかったからでした。翌日、彼は誰かに、「サンプルナンマルは、私が彼女の素晴らしいカレ-を食べなかったことで気落ちしています。彼女は食べるすべての人が私自身であると見れないのですか。重要であるのは料理することであって、料理人や食べる人ではありません。愛と献身をもって、良く行われたことが、それ自体の報酬です。後に起こることは、ほとんど重要ではありません。なぜなら、それは我々の手の内にありません」と言いました。
夕方、私が眠るためにアーシュラムを離れて町へ向かう前に、彼は翌日の料理のために使えるものを私に尋ねたものでした。そして、翌朝の夜明けに到着すると、私は全てのものが準備されていることに気づきました。野菜は皮をむかれ、カットされ、レンズマメは水につけられ、香辛料はすり潰され、ココナッツは割られていました。私を見るとすぐに、彼は何をどのように調理するかについて詳細な指示を与えました。それから彼はしばらく講堂に座り、調理場に戻りました。適切に調理されているか確かめるために、彼は様々な料理を味見して、講堂に戻りました。彼がとても熱心に調理するのに、そんなに食べたがらないのを見るのは、おかしなことでした。
料理人として、バガヴァーンは完ぺきでした。彼は決して塩やスパイスを入れ過ぎたり、少なくし過ぎたりしませんでした。私たちが彼の指示に従うかぎり、料理に関する全てのことはうまくいきました。自分たちで行おうとした瞬間に私たちは困ったことになりました。その時でさえ、私たちが彼の助けを求めたなら、彼は私たちのごちゃまぜにしたものを味見し、食べ物を給仕するにふさわしくするために何をすべきか言いました。調理場でのどんな小さな出来事も、私たちにとっては聖なる教えでした。そのように、バガヴァーンの指導のもとで料理の技術を熟達させている間に、私たちは盲目的に従う技を習いました。
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それは私たちが新しい世界-歓喜の世界-の入口に住んでいた日々でした。私たちは何を私たちが食べているのか、何を私たちが行っているのか意識していませんでした。気づかれることなく、時間はただ、音もなく、過ぎ去りました。とても大変な仕事は、些細なことのように思えました。私たちは疲れを知りませんでした。ある時、私たちが調理場での仕事を早々と終えたことを評して、バガヴァーンは、「最も偉大な神霊、アルナーチャラがここにいて、あなた方の上にそびえ立っています。働くのは彼であって、あなた方ではありません」と指摘しました。