2015年3月23日月曜日

『A Search in Secret India』 第9章 ②マハルシとの最初の出会い

◇『秘められしインドでの探求(A Search in Secret India)』 邦題:秘められたインド 

 20人の褐色と黒色の顔が、その目を我々にさっと向けた。その目の所有者たちは、赤色のタイル張りの床上に半円状にしゃがんでいる。彼らは扉の右手側に一番離れて位置する角から、控え目に少し離れて集まっている。どうやら我々が入る直前、全ての人がその角に顔を向けていたようだ。私は一瞬そこをちらっと見て、白い長椅子に座っている人物に気づいたが、それは私に、ここにまさしくマハルシがいる、と知らせるに十分だった。

 私の案内人は長椅子に近づき、床に平伏し、組まれた手の下に彼の目を隠した。

 長椅子は後ろの壁にある幅広の高窓から2、3歩しか離れていない。光が明るくマハルシに降り注ぎ、私は彼の横顔を隅々まで見てとることができた。というのも、我々が今朝やって来た、まさにその方向を窓ごしにじっと見つめながら彼が座っていたからだ。彼の頭は動かなかった。それで、私が果物を差し上げる時に彼の視線を捕らえ、彼に挨拶しようと思い、私は静かに窓のほうへ移動し、彼の前に贈り物を置き、1歩、2歩下がった。

 小さな真鍮の火ばちが彼の寝台の前にある。それは燃えている炭で満たされていて、心地よい香りによって、芳香性の粉末が赤々とした燃えさしの上に振りかけられていることが分かる。すぐ側には線香で満たされた香炉がある。青みがかった灰色の煙の筋が立ちのぼっているが、その刺激の強い芳香は全く異なる。

 私は薄い綿の毛布を床の上で折り重ね、座り、寝台の上でそのように頑なな態度で沈黙した人物を期待して見つめた。マハルシの体は、薄く狭い腰布を除き、ほとんど裸だったが、これらの地域においてそれは十分に一般的だった。彼の肌は少し赤褐色であるが、それでも平均的な南インドの人々の肌と比べてかなり白い。彼の背は高く、年齢は50代前半ぐらいであると私は判断した。彼の頭は短く刈られた白髪交じりの髪に覆われ、良く整えられている。額の縦横に広い広がりは、彼の人となりに知性的な特徴を加えている。彼の顔の造作はインド人よりもヨーロッパ人のものだ。私の最初の印象はそういったものだった。

 寝台は白いクッションで覆われ、マハルシの両足は見事な模様がついた虎の皮の上に置かれている。

 水を打ったような静寂が、長い講堂の隅々にまで行き渡っている。賢者は完全に静止して動きなく、我々の到着に全く乱されないままいる。浅黒い弟子が長椅子の向こう側で床に座っている。彼は竹で編まれたパンカー-うちわを動かす紐を引っ張り始めることで、その静けさを破った。うちわは木製の梁に据え付けられ、賢者の頭の真上につるされている。私はそのリズミカルなカラカラと鳴る音に耳を傾け、その間、注意を引こうとして座っている人物の目をまともにのぞきこんだ。それは暗褐色であり、中ぐらいの大きさで大きく開かれている。

 もし彼が私の存在に気づいているなら、彼は何の気配も表さず、何の兆候も示していない。彼の体は超自然的に静かであり、彫像のようにびくともしない。一度も、彼は私の視線を捕らえない。彼の目が遠くの、それも無限に遠いように思える空間を見つめ続けているからだ。私はこの光景に妙に見覚えがあることに気づいた。私はどこでそのようなものを見たのか。私は記憶の肖像画の画廊をかき回して探し、「決して話さない聖者」の肖像画を見つけた。私がマドラス近くの孤立した小屋で訪問した、あの隠遁者、あまりに動かなかったために石から切り出されたように思われた体を持つ、あの人である。今、私がマハルシの中に見る、このなじみのない体の静止において、奇妙な共通点がある。

 その人の目からその人の魂を見積もることができるというのが、私の古くからの持論である。しかし、マハルシの目を前にして、私は戸惑い、困惑し、面食らった。

 1分1分が言いようもない遅さで過ぎてゆく。はじめに1分1分が積み重なり、壁に掛けられたアーシュラムの時計で半時間になる。これもまた過ぎ去り、1時間になる。それでも、誰も講堂の中で身動きするようには見えない。まったく誰もあえて口を開こうとしない。私は視覚的な集中の段階に達し、寝台の上のこの沈黙した人物を除く、一切の存在を忘れていた。私の果物の贈り物は、彼の前にある彫刻された小さな机の上で顧みられないままだ。

  私の案内人は、「決して話さない聖者」によって私が迎えられたように、彼の師が私を迎え入れるという何の予告も与えていなかった。完全な無関心によって特徴づけられる、この奇妙な接見、それは不意に私に降りかかった。ヨーロッパ人なら誰の心にも浮かぶであろう最初の思い、「この人は、単に彼の信奉者たちの利益のためにポーズをとっているだけではないのか」が心を一度か、二度よぎったが、私はすぐにそれを考慮から外した。私の案内人は彼の師が忘我の状態にふけるということを私に知らせていなかったが、彼は確かに忘我の状態にいる。私の心を占拠した次なる思い、「この神秘的な黙想の状態は、無意味な放心状態でしかないのか」は、より長く影響力を持ったが、私がそれに答えられないという単純な理由から私はそれ以上追求しなかった。

 砂鉄が磁石に引きつけられるように、私の注意を引きつける何かがこの人の中に存在する。私は視線を彼から逸らすことができない。私の最初の当惑、完全に無視されたことによる困惑は、この奇妙な魅力が私をより強く捕らえ始めるにつれ、ゆっくりと消え去った。しかし、この珍しい光景の2時間目になってはじめて、私の心の内で起こっている静かな抗しがたい変化に私は気づくようになった。一つまた一つと、私が列車の中であれほど微に入り細に入り用意した質問が抜け落ちる。というのも、今やそれらが答えられても、られなくても、そして、私を今まで悩ませてきた問題を私が解決しても、しなくても、どうでもいいように思えたからだ。私に分かるのは、静けさの揺るぎない流れが私の近くを流れているように思えること、大いなる安らぎが私の存在の内なる領域を貫通しつつあること、思いに苦しめられた脳がいくぶん落ち着きつつあることだけだ。 

 私があれほど頻繁に自問していた、あれらの質問が何と小さく思えることか!失われた年月の全景が何と些細なものになるのか!知性が自らの問題を作り出し、その後、問題を解決しようと試みて自らをみじめにしているということを私は唐突にはっきりと知った。これは、今まで知性にあれほど高い価値を置いてきた者の心に浮かんだ、まったく新たな発想であった。

 私は着実に深まってゆく安らかさの感覚に自分自身を委ね、ついに2時間が経過した。時間の経過は、今や何の苛立ちも引き起こさない。なぜなら、心が作りだした問題の鎖が断ち切られ、投げ捨てられつつあると感じているからだ。その後、少しずつ、新しい問題が意識の領域を占領した。

 「この人、マハルシは、花が花びらから芳香を放つように、霊妙な安らぎの香りを放っているのか。」

 私は霊性を理解する資格がある者と自分自身をみなしていないが、私には他の人々に対しての個人的な受け取りかたがある。私の内に生じた謎めいた安らぎは、私が今置かれている地理的状況に帰せられるにちがいないという気づきの芽生えが、マハルシの人となりに対する私の受け取りかただった。魂の何らかの放射性、何らかの知られていないテレパシー的な過程によって、私自身の魂の混乱状態へ入り込んだ静寂が、本当に彼からやって来たのではないかと私は思い始めた。だが、彼は全く感情を表さず、私の存在そのものに全く気付いていないようだった。

 最初のさざ波が訪れた。誰かが私に近づき、私の耳元でささやいた。「あなたはマハルシに質問することを望んでいませんでしたか」。

 この私の元案内人、彼はしびれを切らしたのかもしれない。もっとありそうなことは、落ち着きのないヨーロッパ人である私が我慢の限界に達したと彼が想像したことだ。ああ、詮索好きな我が友よ!確かに私はあなたの師に質問をしにここに来たが、今は・・・全世界と、私自身と安らかにある私が、どうして質問で頭を悩ませなければならないのか。私の魂の船がその停泊地から逃れ始めつつあることを私は感じている。素晴らしい海が、渡られるのを待っている。しかし、私が大冒険を始めようというちょうどその時に、この世界という騒々しい港へあなたは私を連れ戻そうとする!

 しかし、魔法は解かれた。あたかもこの不適切な闖入が合図であるかのように、人々が床から立ち上がり、講堂を歩き回り始め、声が私の耳まで漂ってくる。何ということだ、信じられない!マハルシの暗褐色の瞳が、一度、二度揺らぐ。それから頭が回転し、顔がゆっくり、とてもゆっくりと動き、斜め下を向く。さらにわずかの時を経て、私はその視野に連れ行かれる。はじめて賢者の謎めいた視線が私に向けられる。彼が今や長い忘我の状態から目覚めたことは明らかだった。

 闖入者はおそらく私の無反応が彼の言葉が聞こえていなかった印であると思い、彼の質問を声に出して繰り返した。しかし、私を優しく見つめている光輝く瞳の中に、口に出されていないが、私は別の問いかけを読みとった。

 「あなたは今やもう、あなたと全ての人々が得るであろう深い心の安らぎをかいま見たのに、あなたが気を散らす疑問で今もなお苦しむなんてことがありうるのですか、可能なのですか。」

 安らぎが私を圧倒する。私は案内人の方を向き、答えた。

 「いえ。今、尋ねたいと思うことは何もありません。別の機会に-」

 マハルシ自身からではなく、とても活発に話し始めた小集団から私の訪問の何らかの説明が私に求められていると今や私は感じた。私の案内人の説明から、この人々のほんの一握りが住み込みの弟子であり、他の人々は周辺地域からの訪問者であると知っていた。妙な話だが、この時点で私の案内人その人が立ちあがり、必要とされる紹介を行った。彼は呼び集められた仲間に事情を説明する間、身ぶり手ぶりをふんだんに使い、精力的にタミル語で話した。彼の説明が事実に作り話を混ぜ合わせているのではないかと私は危惧した。というのも、それが驚きの叫び声を引き出したからだ。

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