2017年4月24日月曜日

恐れなき者、シュリー・ラマナ- 一切の恐怖の克服が賢者の証である

◇『The Call Divine(召命)』 Volume Ⅴ、Book 12、1957年8月1日

2017年4月24日、バガヴァーンの第67回アラダナ(命日法要)に、その遺徳を偲んで
(文shiba)

恐れなき者、シュリー・ラマナ

チャガンラル・V・ヨーギ、マドラス

 生きとし生けるものに最も深く根差した最大の恐怖は、死の恐怖です。死の恐怖を完全に克服した稀有な巨人たちは、片手で数えられるほどです。世事に夢中になっている人々は、死を恐れるあまり、それを口にすることさえ嫌がります。彼らは、死への言及を避けることで、その到来を延期できるという甘やかな幻想を抱いています。そのような人々と対照的に、常に死に立ち向かう覚悟のある人々は、いつも陽気で、恐れを知りません。

 死の恐怖を免れていることは、確かに人間にとって崇高な境地です。しかし、その至高の境地は死の征服そのものなのです。アルナギリの賢者、シュリー・ラマナは、弱冠17才で、この靈的高みの頂きに到達し、それ以後、マハー・ニルヴァーナを得るまで、その至高の境地に留まりました。

 ヴェンカタラーマン(当時のシュリー・ラマナの名前)が学生としてマドゥライで叔父と一緒に暮らしていた時、彼は17才ぐらいでした。その時期のある日、彼が上の階の床に横になっていたとき、驚嘆すべき体験をしました。彼は実際に死の状態を経験したのです。けれども、彼は心の中で完全に意識があり、生き生きとしていました。彼は体が突如、厚板のように固くなったことに気づきました。彼の手先、足先、四肢全ては不活発になり、その結果、動かすことさえできませんでした。彼は横に向くこともできませんでした。全ての死の兆候が体に存在しましたが、驚くべきは、彼が体に起こっていた全てに完全に気づいていたことでした。そのため、体が死んだという事実について疑いは全くありませんでした。

 そして、この死体のような状態で、以下の思いが彼に起こりました。

 「親類が来て、この体が死んでいることに気づけば、彼らはそれを火葬場に運び、燃やして灰にするだろう。しかし、それは私の存在を無にするだろうか。私は生きている、そして、確実に生き続けるだろう。私の原初の存在なる、この意識、それこそが私の真の自らだ。自らは永遠に生きている。体はいつでも滅びうる。私は体ではない。私は自ら以外の何物でもない」。

 そうこうするうちに体は復活し始め、短い時間で正常になりました。かくして、シュリー・ラマナに、この類い稀な死の体験がやって来ては去ってゆき、後に彼が自ら以外の何物でもないという色あせることのない真理の実現を残しました。

 古き時代、ナチケータは死の神、ヤマのもとへ行き、その心をつかむことに成功しました。ヤマは彼を気に入り、自らの真理を彼に明らかにしました。我々の時代には、ヴェンカタラーマン少年もまた死を抱擁し、偉大な真理を得た後、生還しました。ヴェンカタラーマンは死なるライオンのひげをその巣穴の中でつかみました(捨て身で死に立ち向かいました)。この二つの出来事の間の類似はとても明確であるため、シュリー・ラマナの信奉者の多くは、彼が死の主自身から手ほどきを受け、ヤマが彼の師であると信じています。

 マハーラーシュトラの偉大なる賢者、聖トゥカーラムは、彼の歌の一つの中で歌います。「私は私自身の目でもって私の死を見た」。このことは彼がシュリー・ラマナのように、生きている間にさえ死の体験を得たことも示しています。どのように聖トゥカーラムがこの素晴らしい体験を得たのか、彼の心と体にそれがどのような影響をもたらしたのかは、それについて彼が何も記していないため、我々の知るところではありません。それ以上の比較は、そのため、不可能です。

 最大の恐怖、すなわち、死の恐怖を克服した後、シュリー・ラマナはあらゆる類の恐怖から完全に解放されました。まさしく、彼はシュリー・ラマナ、恐れなき者となりました。それ以来、彼は決して恐れなかっただけでなく、恐れなき心と勇気で他者を満たしました。

 1908年、ティルヴァンナーマライはペストの流行に見舞われ、人々は慌てふためき町から逃げました。そのため、町は荒涼たる様相を呈しており、ヒョウたちが白昼堂々と商店街をうろついていました。アルナーチャラ山のふもとに位置するパチャイアンマン女神の寺院に避難する人々もいました。当時、シュリー・ラマナはこの寺院で暮らしていました。彼のダルシャンのためにやって来て、そこに滞在していたランガスワミ・アイエンガーと呼ばれる信奉者は、用を足すために隣接する森に行きました。彼が歩いていると、行く道にヒョウが座っているのを目にしました。彼は追い払おうとしましたが、これはただヒョウを激怒させ、ヒョウは彼にうなり始めました。シュリー・アイエンガーは震え上がり、一目散に逃げ出し、身の安全を図るために寺院に向かって駆け出しました。彼はシュリー・バガヴァーンの名前をこの間中ずっと唱えていました。ヒョウは、その習性と本能に従い、怯えて走るアイエンガーを追いかけました。彼の足が彼を運びうる限界の速さで走っていると、シュリー・バガヴァーンが彼に向ってやって来るのを目にしました。激しくあえぎながら、シュリー・アイエンガーは叫びました。「バガヴァーン!助けてください。ヒョウが私を追いかけてきます」。シュリー・ラマナはただ笑い、彼に尋ねました。「でも、どこにヒョウがいるのですか」。アイエンガーはその頃には後ろを振り返られるほどに回復し、驚いたことにヒョウが全然いないことに気づきました!シュリー・アイエンガーの心から恐怖のわずかの痕跡も除き去るために、シュリー・ラマナは彼に同行して彼が最初にヒョウを見た場所に行きました。しかし、驚いたことにアイエンガーはそこでもヒョウを見ませんでした。これは彼を安心させ、彼は恐怖を免れました。シュリー・ラマナは、そうして、彼自身の恐れを知らない性質を通じて信奉者の恐怖を取り除きました。

 続いて起こった別の出来事には、似たような語るべき話があります。ある時、マドラスからの信奉者が、シュリー・バガヴァーンに敬意を表するためにパチャイアンマン寺院にやって来ました。彼は近くの貯水池に沐浴しに行きました。夕闇へと消えゆく黄昏(たそがれ)時でした。シュリー・ラマナは、その時、寺院で誰かと話すのに忙しくしていました。出し抜けに彼は会話を打ち切り、何か急な用事を思い出したかのように、足早に貯水池にまっすぐ向かいました。あわやというところで彼はそこに到着しました。トラが不用心な沐浴者に背後から今にも跳びかからんとしていたのです。信奉者はトラに気づいておらず、とてもくつろいで沐浴していました。しかし、シュリー・バガヴァーンが誰かに「そこのあなた、向こうに行きなさい」と呼びかけているのを見聞きしたとき、彼は振り返り、トラを目にし、ただただ恐怖に襲われました。トラは、もちろん、シュリー・バガヴァーンの命を受るとすぐに体の緊張を緩め、向きを変え、茂みの中に消え去りました。その時になってやっと、信奉者は安堵のため息をつきました。彼の命を救うというシュリー・バガヴァーンのとりなしに大いに感謝して、彼はシュリー・バガヴァーンを前にして地面にひれ伏し、繰り返し感謝の意を表しました。

 この出来事はシュリー・バガヴァーンの完全に恐れなき心だけでなく、トラのような獰猛な動物に対してさえ、彼が限りない愛と完全な支配力を持つことを示しています。そのような愛は、最高水準の恐れなき心を得た後にのみ、訪れうるものです。他に何が信奉者にとびかからんとするトラに勝ち得たでしょうか。信奉者もまた、シュリー・ラマナがトラをとても愛情深く、恐れずに扱うのを目にするとすぐに、恐れなき心で満たされました。

 1896年9月1日、シュリー・バガヴァーンがティルヴァンナーマライに到着した後、しばらく彼は巨大なアルナーチャレーシュワラ寺院に住みましたが、なにがしかの理由で彼は寺院の敷地自体の中で数回住まいを変えました。その時、彼は住むための全く人が訪れることのない場所を探し求めました。千本の柱のある広々としたマンダパムの中に、そのような場所が片隅にありました。それは放置された地下寺院であり、その中にはシヴァ・リンガが安置されていました。それは地表面より下にあったため、誰かがそれをパーターラ・リンガムとふさわしく名づけました。内部は真っ暗闇であったため、それは崇拝されないままで、地下室も掃除されないままでした。そのため、人々は踏み段を下りて行くのを怖がっていました。しかし、シュリー・ラマナの場合は異なりました。彼は完全に恐れを知らなかっため、この寂しい地下室を滞在地に選びました。彼は下りて行き、都合のいい姿勢で座り、すぐに深いサマーディに入りました。心に恐怖の高まりが生じることさえなく、何か月か彼はその恐ろしい地下牢のような場所に住みました。

 バガヴァッド・ギーターの以下の一節に描かれるように、まさしくシュリー・バガヴァーンは賢者、シュティタプラジニャでした。

その心が情欲、恐怖、怒りから解き放たれた者は、賢者、シュティタプラジニャと呼ばれる

 1922年にシュリー・ラマナーシュラマムが開かれる前、シュリー・バガヴァーンは、アルナーチャラ山の斜面に位置するスカンダーシュラムと呼ばれる素敵な洞窟で長年暮らしていました。1922年に彼の崇敬される母、シュリー・アラガンマルがこの世の煩わしさを捨て去った(亡くなった)のは、ここでした。シュリー・バガヴァーンと数人の信奉者は、このアーシュラムの前壁を建てるために力仕事を行っていました。壁が建設中のとき、ある日、ヘビがそこにやって来ました。それを目にするや否や信奉者たちは怯え、仕事を投げ出し、右往左往の大わらわでした。シュリー・ラマナは彼らがたいそう怖がっているのを目にし、ただ笑い、そのヘビに呼びかけ、言いました。「そこのあなた、向こうに行きなさい。この友人たちがあなたをたいそう怖がってますので」。ヘビは即座にシュリー・バガヴァーンの要請に従い、すぐに視界から消えました。このようにして、彼自身に備わっている恐れなき心によって、シュリー・バガヴァーンは恐れなき心と勇気で信奉者を満たしました。

 1924年に、強盗団がシュリー・ラマナーシュラマムを襲撃し、窓ガラスを打ち壊し、戸棚をこじ開け、アーシュラムに火をつけるぞと脅したとき、シュリー・バガヴァーンは動じず、全く恐れないままでした。強盗団は、居住者たち、そしてバガヴァーンさえも、強(したた)かに打ちつけるまでに及びました。その時でさえも、シュリー・バガヴァーンは全く恐れませんでした。泥棒たちが戸棚と他の箱のカギを要求したとき、ある居住者がアーシュラムのカギ束をもって町に出ていたため、彼らに渡すことは不可能でした。シュリー・ラマナは泥棒たちにこの事実を穏やかに伝えましたが、それでも彼らは暴れまわり、彼を殺すぞと脅しました。この一連の出来事と襲撃の間のシュリー・ラマナの穏やかで冷静な態度は、いかにシュリー・バガヴァーンが生きとし生けるものの根元的な性向、すなわち、死の恐怖を超越しているかを明確に示しています。

 これら全てとシュリー・ラマナの人生の他の多くの出来事は、人も獣も彼に恐怖心を抱かせることができず、彼の完全に恐れなき心が勇気と大胆さで他者を満たしたということを示しています。それは全ての信奉者に教訓を教え込む彼の方法でした。彼は惜しげなく彼が持つもの全てを与え、幸運にもその一部でさえ吸収できた人々は救われ、高められました。

 恐れなき者、シュリー・ラマナに恭しくお辞儀いたします。

ラマナーシュラマムでのバガヴァーンの第67回アラダナ(命日法要)の様子

2017年4月11日火曜日

ヴァーサとヴィラーサの物語 - 偉大なる二人の禁欲行者の対話

◇「山の道(Mountain Path)」、1976年1月、p34~35

『ヨーガ・ヴァーシシュタ』からの物語-Ⅶ


ヴァーサとヴィラーサの物語

M.C.スブラマニアンによるサンスクリット語からの翻訳

ヴァーシシュタはラーマに言った:
 スラグとパリガは世界の本質について語り、互いに敬意を払い、別れました。常にその心が内に向けられ、自らに定められた者は、決して悲しみに染まりません。

 おお、ラーマ!このジーヴァなる去勢された若い雄牛は、数百の欲望なる縄で縛られています。彼は世俗の快楽なる牧草地でしきりに草を食べたがっています。彼は悲しみなる重荷を運び、迷妄なる濁った水たまりの中をのたうち、病と呼ばれる虫類にかまれ、欲望の縄に繋がれ、涼やかな日陰を見つけられずに、せわしなく行き来して喉が渇いています。あなたは最大限の努力をもってサンサーラなる泥沼から彼を引き上げなければなりません。よい船とまさしく同様に、おお、ラーマ、サンサーラなる大海を渡る方法もまた偉大なる方々との交際によって学ばれます。よい果実と涼やかな木陰がある賢者なる木のない山で、賢者は一日も過ごすべきではありません。富も友も、聖典も、親族も、サンサーラに沈んだ人を救うためには役立ちません。自らは知恵者(ジニャーニ)との交わり、彼による導きによってのみ、保たれます。体は丸太や土くれのごとくであるという知だけによって、人は至高なる自らを実現できます。

 自らは大海原のようであり、言葉を超えています。それは何ものとも比較できません。それは何かを必要とすることもありません。それは意識の光がおぼろげであるが、しっかり見られるトゥリーヤの体験と比べられるかもしれません。それは空のように全てを包んでいる深い眠りにいくぶん似ています。

 心と自我が解消されたときに生起する内なる至福は、至高なる主の本質そのものです。おお、ラーマ!それはヨーガの達成です。ある程度、それは深い眠りに似ていますが、言葉を超え、ハートの内に体験しうるのみです。全世界は無限の自らです。それは変化を被(こうむ)る心の内にあります。世界が現れなくなる時、(諸々の)主の主、動く存在と動きなき存在の自らが実現されます。その時、感覚対象物への欲望がやみます。これはまばゆく輝く自らの体験とともにやって来ます。そして、これに続いて次に、同質的な自らへの変容が起こり、それは偉大な方々でさえ心に描けません。自らは、心が心そのものによって殺害されないまで、実現できません。その時まで、世界の悲しみに終わりはないでしょう。心が消滅するとき、至高の喜びの体験が生じます。

  これに関連して、古(いにしえ)の伝説、天に達するほど高く、大地をその礎にして立ち、パーターラ(地下世界)にまで広がるサヒャ山の谷間に住んでいた、ヴァーサとヴィラーサという名の二人の友の対話をあなたに話しましょう。果実がたわわになる木々を抱(いだ)く谷間の南側に位置するは、賢者アトリの大きく美しいアーシュラムであり、シッダたちは心配事を取り除くために足しげく通います。そのアーシュラムに住んでいたのは、惑星シュクラ(金星)とブリハスパティ(木星)のごとく空に輝く、二人の禁欲行者です。彼らにはヴァーサとヴィラーサという名の二人の息子がいました。彼らは献身的な夫婦のように互いを愛していました。彼らは大変に気心が合ったため、彼らの心は一つになっていたようでした。彼らの父親はほぼ時を同じくしてなくなりました。葬儀を行った後、彼らは父親を哀悼しました。その後、彼らは別れ、完全に超然とした態度で森の異なる場所に住みました。彼らの体は禁欲行のためにやせ衰え、彼らは全く無欲になりました。月日は流れ、年月が過ぎ去りました。そして、ある日、彼らは出会いました。そこで、ヴィラーサはヴァーサに尋ねました。「おお、気高き生き方なる木の果実よ!おお、この世界における我が唯一の友よ!心の安らぎを求める人々にとって神酒の大海よ!ようこそ。私と離れて以来、どのように日々を過ごしていましたか。あなたの禁欲行は実を結びましたか。あなたの心は焦燥的ではなくなりましたか。あなたの自らを実現しましたか。あなたの学びは実り多きものとなりましたか。あなたは幸福ですか」。

 ヴァーサは答えました。「ようこそ、我が親愛なる友よ!幸運にも、私はあなたに、我が尊敬すべき友に会いました。我々がサンサーラの中にいる限り、どうして我々が幸福でいられますか。知識の対象が超越され、心の世界が枯れ落ち、サンサーラが渡られるまで、どうして我々が幸福でいられますか。木こりによってつる草が切り落とされるように、ハートから生じる欲望が切り落とされるまで、どうして我々が幸福でいられますか。我々が(真の)知を獲得し、平等感を養い、知恵を得るまで、どうして我々が幸福でいられますか。おお、有徳の者よ!自らを達成し、知の万能薬を得ることなければ、この悲惨なサンサーラなる病は何度も何度も我々を襲うでしょう。様々な類の悲しみの真中に落ち、生死なる強風によって打ち倒され、世界なる岩の上を転がり、人々は枯れ葉のごとく老いゆきます」。

2017年4月1日土曜日

シヴァプラカーシャム・ピッライ - 最も謙虚な師の教えの実践者

◇『ラマナ・ペリヤ・プラーナム(Ramana Periya Puranam)』、p31~34

シヴァプラカーシャム・ピッライ

V.ガネーシャン

 1902年、シヴァプラカーシャム・ピッライがバガヴァーンのもとに来た時、ガンビラム・セーシャイヤのように、彼は哲学を学んだ公務員でした。大学時代にさえ彼は内省的であり、「私は誰か」と熟思したものでした。「それは束の間の思いだと思っていました」とシヴァプラカーシャム・ピッライは後に述懐しました。彼はヴィルーパークシャ洞窟にバガヴァーンを訪ねました。ガンビラム・セーシャイヤ同様、バガヴァーンからの恩寵の一瞥だけで、彼は完全に心奪われました。とても実際的で、明快な考え方をする人であったため、彼のまさに最初の質問は、「スワーミー、私は誰ですか」でした。この質問は教えの水門を開放し、教えは今日まで世界中の諸文化に浸透しつつあります。バガヴァーンの教えへの彼のアプローチは、実践本位でした。シヴァプラカーシャム・ピッライはバガヴァーンに14の質問を提示し、バガヴァーンは石板と砂の上に答えを記しました。そのうち、答えは消されました。シヴァプラカーシャム・ピッライは、記憶をもとに、それらの質問への答えを記しました。

 シヴァプラカーシャム・ピッライ:「スワーミー、私は誰ですか。どうすれば救いが得られるのですか。」
 マハルシ:「絶え間ない内に向かう探求、『私は誰か』によって、あなたはあなた自身を知り、それにより救いを得るでしょう。」

 「私は誰ですか。」
 「本当の『私』、すなわち、自らは、体ではなく、五感のどれでもなく、感覚対象物でもなく、活動器官でもなく、プラーナでもなく、心でもなく、それらの認識がない深い眠りの状態でさえありません。」

 「私がそのどれでもないなら、他の何が私なのですか。」
 「『これは私でない』と言い、そのそれぞれを拒絶した後、唯一残るものが『私』であり、それは意識です。」

 「その意識の本質は何ですか。」
 「それは、わずかの『私』なる思いの痕跡さえない、サット‐チット‐アーナンダです。それはモウナやアートマとも呼ばれています。それは存在する唯一のものです。世界、自我、神の三つ組が分離した実体とみなされるなら、それらは単なる幻です-真珠母貝の銀色の外観ように。神、自我、世界は、実際、シヴァ・スワルーパ、アートマ・スワルーパです。」

 「どうすれば我々は、その現実を実現できますか。」
 「見られる物が消え去るとき、見る者、主体の本質が現れます。」

 「外側の物を見ながらも、それを実現することはできませんか。」
 「できません。なぜなら、見る者と見られる物は、縄とその中の蛇の外観のごとくであるからです。あなたが蛇の外観を取り除くまで、存在するものは縄でしかないと知ることはできません。」

 「いつ外側の物はいつ消え去るのでしょうか。」
 「全ての思いと活動の原因である心が消え去る時、外側の物もまた消え去るでしょう。」

 「心の本質とは何ですか。」
 「心とは思いでしかありません。それは力の一つの形です。それは世界として顕現します。心が自らの中に沈むとき、その時、自らが実現されます。心が飛び出すとき、世界が現れ、自らは実現されません。」

 「どうすれば心は消滅しますか。」
 「『私は誰か』なる探求を通じてのみ。この探求もまた心の活動ですが、それは、それ自体を含め、一切の心の活動を破壊します。火葬用の薪山をかき混ぜる棒そのものが、薪山と死体が焼かれた後、灰に帰すのとまさしく同様です。その時にのみ、自らの実現が訪れます。『私』なる思いは破壊されると、呼吸や他の生命の兆候も静まります。自我とプラーナは共通の源を持ちます。あなたが何を行うのであれ、利己心なく、つまり、『私がこれを行っている』という感覚なく、行いなさい。人がこの境地に達するとき、彼自身の妻でさえ彼には万物の母として現れるでしょう。真のバクティとは、自らへの自我の委ねです。」

 「心を破壊する他の道はありませんか。」
 「自らの探求以外、適切な方法はありません。心が他の手段で静められるなら、しばらくの間おとなしくしていますが、その後再び生じ、以前の活動を再開します。」

 「しかし、自己防衛といったような、全ての本能や傾向(ヴァーサナ)がいつ我々の中で抑えられるのでしょうか。」
 「あなたが自らの中に退けば退くほど、それらの傾向は衰えゆき、終には抜け落ちます。」

 「多くの生まれを通じて我々の心の中に染み込んでいる、これら全ての傾向を根絶することは本当に可能ですか。」
 「あなたの心にそのような疑問の余地を決して与えず、固い決意をもって自らの中に飛び込みなさい。この探求によって、心が常に自らに向けられるなら、心はやがては溶かされ、自らに変じます。あなたがどのような疑問を感じても、それを解明しようとせず、疑問が起こるのは誰なのか知ろうとしなさい。」

 「この探求をいつまで続けるべきでしょうか。」
 「あなたの心の中に思いを引き起こす傾向の痕跡がごくわずかでもあるかぎり。敵軍が砦を占拠している限り、彼らは出撃し続けるでしょう。あなたが出てくるに従い一人ひとり殺すなら、ついには砦はあなたの手に落ちるでしょう。同様に、思いが頭をもたげるたびに、この探求によってそれを押しつぶしなさい。一切の思いをその源で押しつぶすことが、ヴァイラーギャと呼ばれています。そのため、自らを実現するまで、ヴィチャーラは必要であり続けます。必要とされることは、継続的な途切れない自らの想起です。」

 「この世界とその中で起こることは、神の意志の結果ではないのですか。そして、もしそうなら、なぜ神の意志はこのようにあるべきなのですか。」
 「神は目的を持ちません。彼はどんな行為にも束縛されません。世界の活動は彼に影響できません。太陽を例にとりましょう。太陽は欲望、目的、努力なく昇りますが、それが昇るや否や、無数の活動が地上で起こります。その光線の中に置かれたレンズは、焦点で炎を作り出し、蓮華のつぼみは開き、水は蒸発し、生きとし生けるものは活動を開始し、続け、終にはやめます。しかし、太陽はそのようなどんな活動にも影響されません。太陽は、その性質に従い、定まった法則によって、何ら目的もなく活動するに過ぎず、目撃者でしかないからです。神についても同様です。あるいは、虚空を例にとりましょう。地水火風はその中にあり、その中にそれらの変形物を持ちますが、そのどれも虚空に影響しません。神についても同じです。生命が従属する創造、維持、破壊、覆い隠し、救いというその活動の中に、神は欲望や目的を持ちません。彼の法則に従って、生命はその行為の結果を得るため、その責任は生命にあり、神にありません。神はどんな行為にも束縛されません。」
 
 のちに、シヴァプラカーシャム・ピッライはさらに14の質問を提示しました。バガヴァーンはそれにも回答しました。これら24の質問と回答が、小冊子「私は誰か」を構成し、それはバガヴァーンの教えの核心を具現化し、探求者へのなくてはならない手引きです。それは我々が悟ることを可能にします-我々が、シュリー・ラマナ・マハルシに行き渡り、さらには全創造物に穢れなき真理として行き渡る、同じ自ら、同じ意識であることを。他の14の質問へのバガヴァーンの回答の要諦は、以下になります。

. 「私」として肉体の中に生じるものが、心です。「私」という感覚はハート、存在の核心から生じます。「私は誰か」問うことによって、注意は内に向かい、それゆえ、思いから逸らされます。この修練を粘り強く行うことにより、心は力を得て、源へ行き、自らに吸収されます。適量の質素な栄養のある食べ物を食べるというようなサットヴァな原則に従うこと、簡素な善行の規範を守ることが、心の清浄な性質の発展に最も寄与します。これが今度は、障害なく、どのような形も自らの中に生じる余地を与えることなく、人が自らの探求を追及するのを助けます。全てのヴァーサナは解消されるでしょう。人は、しっかりと絶え間なく、唯一なる自らに集中すべきです。人は逸れることなく、絶えず師の教えを実践すべきです。自らは至福です。深い眠りやサマーディなどの場合、もしくは、望ましい物が得られるときに、心が幸福を体験するときはいつでも、それは心がその欲望を手放し、自らの至福でいるためです。灼熱の太陽を避け、影を決して離れない賢明な人のように、人は心が外に向かい活動することを許さず、常に自らに吸収されているべきです。自らは、太陽のように、それが支える生き物のどんな活動にも影響されません。心を絶えず内側に向け続け、そのように自らとしていること、それのみがアートマ・ヴィチャーラ、自らの探求です。心が退くなら、他の全てが退くでしょう。自ら、人の本質の中にいること、留まること、それのみがムクティ、解放です。

 シヴァプラカーシャム・ピッライは、これらの教えを体現しました。彼は、自らの探求の後、どのように探求者たちが彼ら自身を自らの中に保つべきか示しました。彼はバガヴァーンを崇拝し、彼が言ったことを何でも吸収し、それを実践しました。しかしながら、バガヴァーンの教えを実践するとき、信奉者は誤解するかもしれません。例えば、バガヴァーンが放棄を褒め称えたとき、シヴァプラカーシャム・ピッライはバガヴァーンがサンニャーサを意図しているとばかり思いました。彼は家に行き、頭を剃り、布切れ一枚を身に着けました。彼は常に身に着けていた聖糸さえ捨てました。バガヴァーンは彼を見て、尋ねました。「どうして頭を剃ったのですか。髪を伸ばし、聖糸を身につけなさい」。その時、彼は、バガヴァーンがを意図していたことは、ジニャーナであり、外的な象徴でない、内なるサンニャーサであると理解しました。世界への、その対象物への愛着が、内から放棄されねばなりません。

 ヴィルーパークシャ洞窟とスカンダーシュラムで、彼は頻繁にバガヴァーンと共にいました。師のそばにいて、その教えを吸収したため、彼は精神的に成熟し始めました。そして、彼は仕事をやめ、自らの探求に完全に専念したくなりました。バガヴァーンはそのようにする許可を彼に与えませんでした。しかしながら、三年後、彼は再びまた、もうこれ以上仕事に行けませんとバガヴァーンに伝えました-仕事中でさえ、彼は自らの探求に没頭し、結果、事務仕事に関心を向けられませんでした。今度は、バガヴァーンは彼に職を辞す許可を与え、彼の村に戻り、サーダナを続けるよう求めました。

 彼は村のはずれの古いガネーシャの寺院に、また、時には近くの森に一人とどまりました。彼は絶えず探求を修練しました。この期間に、彼の意識状態と行動が突如変化しました。彼は明確な理由もなく笑いはじめ、タミル語で聖歌を大声で唱え、彼が出くわした全ての形に平伏し、聖灰の袋を挟み込んだ長い腰布を身に着けました。バガヴァーンは数年前にこの袋を彼に与え、体にその中身を塗りつけるよう求めました(これは私が出会った、バガヴァーンが信奉者に聖灰を塗り付けるよう指示した唯一の事例です)。シヴァプラカーシャム・ピッライは全身を聖灰で覆い、小さな杖を持ち歩き、カーストの制約を忘れ、いわゆるアウトカーストに占拠される火葬場やその他の地域をよく訪れました。この状態で、彼はまた、はるばる近くの門前町に歩いて行き、歩いて戻りました。彼に差し出されたおかゆと酸っぱい食べ物を誰からでも受け取りました。村に戻った時、彼は通常の意識を取り戻しました。それ以来、彼はバガヴァーンを年に何度も訪れ、毎回、15日ぐらい滞在しました。この間中ずっと、外のグルは彼を押し入れ続け、一方、内のグルはより長時間のアートマ・ヴィチャーラへとさらに内側に彼を引っ張っていました。しばしば、恍惚状態で、シヴァプラカーシャム・ピッライは多くの詩を作りました。バガヴァーンはそれらを高く評価し、承認しました。彼はそのいくつかを日々のパーラーヤナ、アーシュラムでの朗誦に含めさえしました。

 これらはシヴァプラカーシャム・ピッライの詩の中の四編です。

 「夜明けから日暮れまで、私は無駄話に日々を費やしている。瞬間でさえ、私は、『私は誰か』と思わない。わが主よ、あなたは私に告げた-あなたが一言話すなら、それは多くの言葉に増殖するだろう、と。ラマナ・デーヴァよ、私はあなたの信奉者のふりをしているに過ぎず、一者としてわが身を処していない。」

 「私は他者の悪行に聞き耳を立て、それについて語り、時間の大部分を浪費する罪びとである。私自身多くの欠点を持つが、他者がそれに言及するなら、私の心は怒りで沸き立つ。それに何ら害もないと思い、私は小さな嘘を口にするのをためらわない。おお、ラマナ・デーヴァよ、私があなたの信奉者であるかのように、あなたの足元に崩れ落ちるのは見せ場ではないのか。」

 「私は年老い、種々の病を患っているが、女性への欲望を滅ぼしていない。私の心なる亡霊は、その美しい顔を見、言葉を交わし、その蜜のごとき言葉に耳を傾けることを欲する。たとえ私が心に助言しても、それは退かず、彼女たちを追いかけ、さまよう。ラマナ・デーヴァよ、いつこの迷妄は終わり、私の心は堅固になるのか。」

 「私の資質や徳性が劣っていることは、あなたの知るところである。欠点に満ちた愚か者の中で、私が最下であることも、あなたの知るところである。あなたはこの全てを知っているのに、それでもあなたは私を探し、私を所有した。ラマナ・デーヴァよ、この不可思議をいかに私は説明しうるのか。」

 ある信奉者がかつてバガヴァーンに尋ねました。「バガヴァーン、シヴァプラカーシャム・ピッライは実に優れた禁欲行者でした。彼は逸れることなくあなたの教えを実践しました。彼の詩を読めば、自分の立ち位置はどこなのか疑問に感じます!彼がこの哀れな状態であるなら、私はどうなるでしょうか」。バガヴァーンは美しい返答で応じました。「神を称賛するとき、アーディ・シャンカラや他の賢者は、彼ら自身を叱りつけ、同じことを述べています。そのようにして、賢者は他者を導き、探求者に警告するのです」。

 ヴィシュワナータ・スワーミーは、シヴァプラカーシャム・ピッライが講堂のどこかに座っているのを知っていたので、シュリー・バガヴァーンに彼を教えて下さるよう頼んだことがあると私に話しました。講堂は信奉者で混みあっていました-おそらくは祭りの日だったのでしょう。バガヴァーンは最も遠く離れた角のほうを指さし、言いました。「ほら、あそこです!両腕で裸の上半身を覆い、田舎の村人のように目立たずに座っています。あれが我々のシヴァプラカーシャム・ピッライです。彼は飼いならされた猫のようにここで座っています。人は彼の事務所で彼を見るべきです。そこでは、彼は野生のライオンのようです。実直、正直、勤勉が彼を特徴づけており、そのために全ての人は畏怖と尊敬の念をもって彼に近づきます」。

 シヴァプラカーシャム・ピッライが年を取り、病気になり、彼の村から旅することができなくなったと知ることになり、私の父は、彼に会ったことありませんでしたが、クンジュ・スワーミーにチダンバラム近くの彼の村に自分を連れていくよう迫りました。シヴァプラカーシャム・ピッライの質素な風采と謙虚さは、傑出していました。彼の体は、精神的成熟性によって、溶けた黄金のように輝いていたものでした。父をシヴァプラカーシャム・ピッライに紹介する間、クンジュ・スワーミーは、シュリー・バガヴァーンの率直な教えをもたらした最も謙虚な学者の信奉者として彼を心から恭しく褒め称えました。シヴァプラカーシャム・ピッライは、謙遜の限りを尽くし、熱烈な愛情をもって、クンジュ・スワーミーの両手を握り、それを彼の目と頭の上に置きました。その目から涙を流しながら、彼は言いました。「この神聖な手は、わが師の聖なる体に触れ、仕えるという大変な幸運を得ました。それは私の人生で決して得ることのなかった功徳です。あなたは本当に恵まれていて、はるかに偉大です!」。この出来事を語った後、クンジュ・スワーミーは言いました。「このようにして、真に偉大な人々は、他者の栄光を高めるために自らを低きに置くのです。彼らにとって『他者』がどこにいますか。全ての者は、同じ唯一なる自らでしかありません!」。

 1948年にシヴァプラカーシャム・ピッライが体を降ろそうとしていた時、その知らせはバガヴァーンに伝えられました。バガヴァーンはとても長い沈黙に入りました。後に、彼が亡くなったという知らせが来たとき、バガヴァーンは確言しました-シヴァプラカーシャム・シヴァ・プラカーシャム・アーナール。「シヴァプラカーシャムはシヴァの光に溶け込んだ」という意味です。そうです、この美しき人物は、アルナーチャラ・シヴァのもとへ永遠に帰ったのでした。

(shiba注) こちらも参照のこと ⇒ シヴァプラカーシャム・ピッライによる「シュリー・ラマナ・ヴァチャナ・サーラム」、追加の翻訳あり