2013年6月11日火曜日

ムハンマド・アブドゥラ - 信仰から不信へ、不信からラマナ・マハルシへ

◇『静かなる力(The Silent Power)』、p156~158

 以下の文章は、シュリー・ラマナが亡くなった後の話のようです。(文:shiba)

どのように私はバガヴァーンのもとへ来たのか
ムハンマド・アブドゥラ

 私はいくぶん宗教的な環境で育てられ、信心深い人間へと成長しました。後に、大学と海外に行った時、私の見解は変わりました。私は徹底的な無神論者でないにしても、不可知論者となりました。この状況は30代後半まで続きました。その間ずっと、折に触れ、私は信仰を取り戻そうと試みましたが、無駄でした。とにかく、擬人化した神の概念は私には魅力がありませんでした。私はなぜ神が世界を創造したか分かりませんでした。彼が彼自身を彼自身に証明しようと欲するならば、それはどちらかといえば貧弱な理由のように思われました。世界を操り人形の劇のように創造し、それを観客として楽しむこともまた、無分別(罪深い)で、いくぶん残酷に思えました。

 多くの疑問が私を悩ませました。神とは何か。人生とは何か。いったいそれは何なのか。聖典は私を満足させませんでした。なぜなら、聖典ははじめから信仰心を要求するからです。私は信仰心をもっていませんでした。私は心理学を学びましたが、無意識の心以上の何もありませんでした。私は弁証法的唯物論に向かいましたが、再びその支持者がつまらないことで仲たがいしていることに気づきました。実存主義へと向うと、それはあまりに病的で、気落ちするものであることに気づきました。最後に、私は形而上学と神秘主義へ向かい、そこで私は幸運に恵まれました。

 問題への手掛かりを探していた時、私は偶然に図書館の本棚から一冊の本を手に取りました。それは『Day by Day with Bhagavan』の古い版でした。それを読み始めた時、私は特には興味がなかったのですが、進むに従い、私の無関心は驚愕へ取って代わられました。ああ、終に、ここに私に手を差し伸べる人がいたのです。私は大変な熱意をもって読み進め、もっと読みたいという渇望と共に本を読み終えました。私はアーシュラムの書庫へバガヴァーンに関する全ての本の注文を出しました。その本の小包以上に待ちわびたものありませんでした。それが到着するとすぐ、私は隅から隅まですべてのものを学び、この真の知恵の源泉を深く味わいました。

 数か月間、私は身も心もバガヴァーンの教えに没頭していました。終にここで、私はすべての問いの答えを得て、すべての疑いは晴れました。彼の教えを吸収した後すぐ、私はアーシュラムの訪問を計画しました。

 今や、私はアーシュラムの訪問について少しばかり言わねばなりません。その場所へ来ること、そこから去ることには何かがあります。そこへ行こうと決心する瞬間に、何らかの不思議な力があなたの世話をします。偶然にも、私は古参の信奉者であるK.スワミナタン教授に会いました。彼はニューデリーのラマナ・ケーンドラの責任者でした。彼は私に訪問するように勧めました。私はニューデリーを離れ、2日後にアーシュラムに到着しました。午後2時30分でした。私はメディテーション・ホールでバガヴァーンの写真に向かい合って座りました。彼はとても生き生きとしているように見えました。何という優しく、恵み深い笑顔でしょう!私は彼から目を離すことができませんでした。午後7時30分に夕食のゴングが突然に響いた時、私は時間がさっぱり分かりませんでした。

 私はアーシュラムに1か月間住み、朝と夕方に瞑想しました。驚くことに、途方もなく思われた問題は次第に背景へと退きました。過去は、影のようにぼんやりとなりました。過去の望みは何の意味もなく、私を笑わせました。将来への懸念は、だんだん小さくなり、なくなりました。私は幸福を感じました。

 ひと月は足早に過ぎ、私はしょんぼりとして帰路につきました。バガヴァーンのもとを離れる時、私にはひとつだけ願いごとがありました。私は再び来たいと思いました。私はまた、私が見つけた安らぎを長いあいだ保つ手助けをして下さるようバガヴァーンに祈りました。私の願い事は、両方とも叶えられました。私は何度も来ました。バガヴァーンは試練の時に私を決して見捨てませんでした。私は決してバガヴァーンを放さず、彼もまた私を放しません!

2 件のコメント:

  1. 何度もアシュラムに行けて、いいなぁ。。。
    今、子供が高1なので、大学に進学したら、僕も行ってみたいと思います!
    (*^_^*)

    んでも、それまでに英語を勉強しないと。。。
    (;^_^A

    shibaさんは、アシュラムに何度も行かれたんですよねぇ?

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    1. もちろん、何回も・・・って言いたいですが、一度もありません(笑)。

      今は右胸にあるアーシュラムの門をノックするぐらいですね。

      さて、いつか行くことになるのかどうか、神のみぞ知ることですね。

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