2014年1月1日水曜日

シヴァ神の祝祭 - カールティカイ・ディーパムとマハー・シヴァラートリ

◇『シュリー・ラマナーシュラマムからの手紙(Letters from Sri Ramanasramam)』

2013年、ティルヴァンナーマライ、カールティガイ・マハー・ディーパムの様子

1947年9月20日
(145)アルナーチャラ

 4、5日前、ギリプラダクシナへ行こうとする信奉者たちが私に同伴するように頼んだので、私はバガヴァーンの許可を得た後、彼らと共に行きました。私たちがアーディ・アンナーマライ(*1)に到着した時、雨が降り始めたので、私たちは道沿いの小さなムット(*2)の中へ避難しました。私はそこにいたサードゥに、「このムットは誰のものですか」と尋ねました。「マーニヴァーチャカル(*3)のものです」と彼は答えました。私がムットが建てられることになった事情を尋ねた時、彼はあらゆる類の話を語りました。私は彼が言ったことを正確には理解できませんでした。それでも、バガヴァーン自身から後で必要な情報を得ようと期待して、さらに質問せず、私は彼の話を辛抱強く聞きました。

 昨日、私はこれについて尋ねる機会を待ちましたが、バガヴァーンは「カレーシュワラ・マーハートミャ」のスンダラムールティ(*4)についての話を読むことに忙しくしていました。この「カレーシュワラ・マーハートミャ」は『ブラフマ・ヴァイヴァルタ・プラーナム』(*5)の一部です。彼はスンダラムールティに関連する部分を私たちに読み上げました。スンダラムールティはカレーシュワラ寺院(*6)に行こうとしましたが、そこに入る前に、対面にあるガジャ・プシュカリニ池に沐浴に行きました。彼が沐浴の後で池から出た時、彼は寺院が消えていることに気づきました。それで、スンダラムールティはいくつか歌を歌い、主のダルシャンのために寺院へ最初に行かずに、沐浴のために池に行ったことの後悔を表しました。その後、寺院は再び現れました。その話についてもう少し読んだ後、バガヴァーンは、「はじめ、全てのものは彼にとって大きく広がった水面であり、それ以外の何ものでもなく、後にジョーティ(*7)として現れました」と述べました。

 ある信奉者が、「アルナーチャラもまたジョーティの形であると言われています」と尋ねました。「ええ。そうです。人の目には、それは土と石の形にすぎませんが、その真の形はジョーティです」とバガヴァーンは言いました。この機会を捉え、「アーディ・アンナーマライにマーニッカヴァーチャカルという名前のムットがあります。それがそのように名付けられた理由は何でしょうか」と私は尋ねました。「ああ!それですか。彼は巡礼でティルヴァンナーマライへも来たようです。それから、彼は特にその場所に立ち、アルナギリに呼びかけ、『ティルヴェムパーヴァイ』(*8)と『アムマーナイ』(*9)という歌を歌いました。そのために、記念してムットがそこに建てられたのです。あなたは『ティルヴェムパーヴァイの歌』について聞いたことがあるはずです。その数は20です。アーンダール(*10)は主クリシュナを賛美して30の歌を歌いました。ムルガナールもまた、同じ旋律で、私を賛美して歌を歌いました」とバガヴァーンは言いました。

信奉者:
 この山はどうしてアンナーマライという名を得たのですか。

バガヴァーン:
 ブラフマーとビシュヌによって到達できないものが、アンナーマライです。それは言葉や心を越えているジョーティの顕現したものを意味しています。アンナは「到達できない」という意味です。それがその名の理由です。

信奉者:
 しかし、山は姿形をもっています。

バガヴァーン:
 ブラフマーとヴィシュヌがそれを見た時、それは全世界を包む光の柱のように見えました。ただ後になってそれは山のように見えました。それはイーシュワラのストゥーラ・シャリーラ(*11)です。ジョーティ自体が、スークシュマ・シャリーラ(*12)です。それらすべての体を超えてあるものが、現実です。スークシュマはテージャス(*13)を意味します。

信奉者:
 スンダラムールティにとってさえもそれは同じことでしたか。

バガヴァーン:
 ええ。はじめ、それはジャラマヤム(*14)のように見え、次にテージャスとして、最後に人の目にとってそれは寺院のように見えました。マハートマーはいつも神の目によって見ます。ですから、彼らにとって一切のものは純粋な光、または、ブラフマンとして見えます。

ナーガムマ:
 バガヴァーンはアルナーチャラ・リンガの誕生や出現についてのパドヤム(詩節)を書いたと思いますが、正しいでしょうか。

バガヴァーン:
 ええ。私はそれをヴィクラマ年(*15)のシヴァラートリの日に書きました。その時、誰かがそれを頼んだのです。おそらく、私はそれをテルグ語でも書きました。

ナーガムマ:
 ええ。そのテルグ語のパドヤムの中でリンガがアールドラー星(*16)の日にダヌルマサムに現れたと述べられています。ヴィシュヌとデーヴァたちは彼らに神のヴィジョンを与えたシヴァを崇拝しました。それはクンバ月(*17)でした。もともとの話は何ですか。クリティカ星(*18)に関連した祝祭を行う理由は何でしたか。

バガヴァーン:
 ああ!それですか!ブラフマーとヴィシュヌはより偉大なのは誰なのか言い争っていました。カールティカ月(*19)、クリティカ星の日に、彼らの間に光り輝く柱が現れました。その出来事を示すために、光の祭りが毎年その日に祝われます。知っての通り、ブラフマーとビシュヌは柱の始まりと終わりの無益な探索につかれました。失敗に落胆して、彼らはいつもの場所で会い、全能者である神へ祈りました。その時、主シヴァは彼らの前に柱の中から現れ、恵み深く彼らを祝福しました。彼らの要望で、彼は崇拝のために彼らが届く範囲に山と(寺院の)リンガの姿でいることに同意しました。彼もまた、彼らが彼をそのように崇拝するなら、しばらく後に彼はルドラの姿で現れ、彼らをできうる限りの方法で助けるだろうと言いました。それから、彼は消えました。その時以来、ブラフマーとヴィシュヌは、イーシュワラの約束によってダヌス月(*20)のアールドラー星の日に姿を表したリンガを崇拝し始めました。彼らが毎年毎年、クンバ月の後半、13日目/14日目の真夜中に崇拝を続けたので、シヴァはリンガから姿を表し、ハリとデーヴァたちに崇拝されました。それゆえ、その日は『リンガ・プラーナ』(*21)や『シヴァ・プラーナ(*22)で述べられているようにシヴァラートリと呼ばれています。ただその時以来、リンガの崇拝が始められたようです。アルナーチャラのみに最初のリンガが現れたと『スカンダ・プラーナ』(*23)では強調して述べられています。

(*1)アーディ・アンナーマライ・・・アルナーチャラ山の北西部にある寺院。アルナーチャレーシュワラ寺院より何百年も古い、最古の寺院。ここに最初のアルナーチャラ・リンガが現れたとされている。
(*2)ムット・・・matha、mataとも。宗教的施設。
(*3)マーニ(ッカ)ヴァーチャカル・・・タミル・ナードゥ出身のシヴァ派63人の聖者(ナーヤンマール)の1人。
(*4)スンダラムールティ・・・上と同じくナーヤンマールの1人。日本ヴェーダーンタ教会のHPにナーヤンマールの話がのっています(http://www.vedanta.jp/jp/contents/publishing/jbook-c/200622/200622-34b.html)。
(*5)ブラフマ・ヴァイヴァルタ・プラーナム・・・主要な18のプラーナの1つ。
(*6)カレーシュワラ寺院・・・アーンドラ・プラデーシュ州にあるシヴァ神を信奉する寺院。
(*7)ジョーティ・・・光
(*8)ティルヴェンパーヴァイ・・・http://www.youtube.com/watch?v=tAB9ewD8AYk、「ティルヴァーサガム」の一部。
(*9)アムマーナイ・・・http://www.youtube.com/watch?v=c-5D08uRTtU、「ティルヴァーサガム」の一部。
(*10)アーンダール・・・8世紀か、それ以前、南インドの12人の詩聖・アールヴァール(神に浸った人々)の中で唯一の女性。30の歌は、ヴィシュヌ-クリシュナへの献身を表した「ティルッパーヴァイ(http://www.youtube.com/watch?v=v5P8vVLeB9w&list=PLA77AB72FEBC1EE81&index=1)」だと思います。
(*11)ストゥーラ・シャリーラ・・・粗大な体
(*12)スークシュマ・シャリーラ・・・微細な体
(*13)テージャス・・・炎、輝き
(*14)ジャラマヤム・・・ジャラ(水)で満ちたもの
(*15)ヴィクラマ年・・・vikrama、60年周期であることから、1941・1942年を指していると思います。
(*16)アールドラー星・・・Ardura star、オリオン座の2番目に明るい星ベテルギウス。
(*17)クンバ月・・・・Kumbha、11番目の月、壺の意、みずがめ座。グレゴリオ暦の2月・3月にあたる。ヒンドゥー暦ではマーガという。
(*18)クリティカ星・・・Krithika star、プレアデス星団、おうし座。
(*19)カールティカ月・・・Kartika、ヒンドゥー暦の8番目の月、グレゴリオ暦の11月・12月にあたる。または、ブリシュチカ(さそり座)といわれる。
(*20)ダヌス月・・・Dhanus、9番目の月。弓の意、いて座。グレゴリオ暦の12・1月にあたる。ヒンドゥー暦ではアグラハーヤナ(マールガシールシャ)と言われる。
(*21)リンガ・プラーナ・・・18あるマハープラーナの1つ。シヴァの象徴・リンガの偉大さと宇宙の起源を描いている。
(*22)シヴァ・プラーナ・・・マハープラーナの1つ。シヴァ神の偉業を称えている。
(*23)スカンダ・プラーナ・・・マハープラーナの1つ。シヴァ神の次男スカンダの出生や巡礼地の説明をしている。

2016年、ティルヴァンナーマライ、山頂に火がともされています

◇『シュリー・ラマナ・マハルシとの対話(Talks with Sri Ramana Maharshi)』 

Talk 218. 1936年1月30日 抜粋

 マハルシは今日、『シヴァ・プラーナ』を調べていました。

マハルシ:
 シヴァは、彼の目に見えない超越的な存在とリンガの側面それぞれによって表されるように、超越的な側面と内在的な側面を持っています。はじめにアルナーチャラとして顕現したリンガは、今日までも立っています。この顕現は、12月に月がオリオン座(アールドラー)あった時に起こりました。しかしながら、それは今でも神聖であると思われているシヴァラートリの日に最初に崇拝されました。

マハーシヴァラートリの日のアルナーチャレーシュワラ寺院での様子だと思います

◇「バガヴァーンのアルナーチャラへの宣誓証言(Bhagavan's Deposition on Arunachala)」

 デイビッド・ゴッドマン氏のブログ(http://davidgodman.org/rteach/bhagdep1.shtml)からの抜粋です。ここでは、祝祭に関する部分だけを抜き出しています。(文:shiba)

マハルシ:
 彼の山がリンガ・スワルーパ、つまり、この山そのものが神であるというアイティヤ(伝承)があります。このアイティヤは他のどこでも見つかりません。それがこの地の栄光の理由です。この地の伝承は、この山は神の姿であり、その本質において、それは光で満ちているということです。毎年、ディーパム祭では、山の本質が光そのものとして祝われます。このための権威はヴェーダ、プラーナ、スートラの中に見出されます。この伝承がこの山がシヴァ・スワルーパであると主張しているため、敬意や崇拝の行為として山の周りを時計回りに歩くギリプラダクシナの修練が起こっています。私もまたギリプラダクシナを信じていて、それを体験していました。

 山と寺院を切り離すシャーストラは存在しません。山と寺院の不可分性はカールティカイ・ディーパムの間に見受けられます。(光をともす)祝祭は、寺院と山の頂上で同時に行われます。山が神の姿であるという伝承の更なる証拠は、半年ごとの祝祭に見ることができます。その中で、寺院のアルナーチャレーシュワラの像は山のプラダクシナを行います。

・・・

主アルナーチャラは山から姿を表し、ブラフマーとビシュヌの要望に応じ、山に戻り、溶け込んだ。同時に、彼は山のふもとにリンガとして現れた。山は主を表し続けている(バガヴァーンの詩、英語でしか残っていないようです)
・・・

 シヴァはいつも三つの形のままいます-①パラブラフマンとして、②リンガとして(ここでは山として)、③シッダとして(ブラフマ・ルーパ、リンガ・ルーパ、シッダ・ルーパ)。

・・・

 シヴァははじめ光の柱として現れました。懇願されるとすぐ、光は山の中に消え入り、リンガとして現れました。両方ともがシヴァです。

上述のシュリー・バガヴァーンの会話からまとめたシヴァ神の祝祭の流れ(文:shiba)

①カールティカイ月のカールティカイ星の日、11・12月ごろ 

 シヴァ神が光の柱として現れる。 ⇒ カールティカイ・ディーパム

  カールティカ[ガ](イ)はタミル語、クリティカ(ー)はサンスクリット語やテルグ語の発音です。

②ダヌス月のアールドラー星の日、12・1月ごろ

 シヴァ神がアルナーチャラ山に入り(の姿を帯び)、山のふもとにリンガが現れる。

 ダヌス月は、ヒンドゥー暦でマールガシールシャ、タミル暦でマールカリと言われます。

③クンバ月、後半15日間の第13日目~14日目の真夜中、2・3月ごろ (2018年は2月13日)

 はじめてヴィシュヌ神たちによって、シヴァ・リンガが崇拝される。 ⇒ マハー・シヴァラートリ

 クンバ月は、ヒンドゥー暦でマーガ月、タミル暦ではマーシ月と言われます。

3 件のコメント:

  1. はじめまして ゆうじ と云う者です。
    ブログ記事と違う内容での質問で失礼致します。
    ラマナ・マハルシ師の教えで「私」と意識する時「アハム」と意識するべきでしょうか?それとも日本語で「私」で良いのでしょうか?
    同じように「私は誰か」と自信に問う時「コーハム」と問うべきでしょうか?
    突然の質問で申し訳ありません。
    宜しくお願い致します。

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  2.  いえ、要点は「私」という実感に注意を向けることであるので、日本語の「私」のほうが、日本人にとってはいいと思います。ですから、例えば英語が母語の人ならば「I(アイ)]となります。
     同じように、「コーハム」でなく、「私は誰か」と日本語で問えばいいでしょう。

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  3. 良く解りました。ぶしつけな質問にお答え頂き大変有難う御座います。

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