2014年1月11日土曜日

祝!100周年、「文字で編まれた婚礼の花輪(アクシャラ・マナ・マーライ)」

 「文字で編まれた婚礼の花輪(アクシャラ・マナ・マーライ)」は、1914年にシュリー・ラマナにより作られた詩です。今年、2014年は、詩が誕生して100周年に当たります。 そのことを記念して書かれた記事(*1)がラマナーシュラマムのHPにアップされていたので、以下に翻訳します。
 「文字で編まれた婚礼の花輪」の日本語訳は、このブログの右側にあるラベル「婚礼の花輪」からジャンプできます。(文:shiba)

オーム・ナモー・バガヴァテー・シュリー・ラマナヤ

アクシャラ・マナ・マーライ- 100周年



 「無欲が知恵である」-シュリー・ラマナ・マハルシは、「私は誰か」という独創的で力強い作品の中でそう教えています。シュリー・ラマナ・マハルシの追随者は聖なる目的として無欲を求めて励みます。

 無欲に専心する真理の探求者さえも、食べ物や水を見つけるというような生命を維持する行為に従事しなければいけません。ヒンドゥー教の隠遁者は、無欲と謙虚さを培(つちか)うための手段として、施しによって生きることが許されています。

 ラマナ・マハルシと交際していた隠遁者たちの中には施しによって生きる人々もいました。彼らは主の賛歌を歌いながら、ひとまとまりの集団で町に出かけました。

 施しを求め山を降りる前、サードゥは法螺貝を吹き鳴らし、彼らに食べ物を与える町の敬虔な住民へ最初の知らせを寄こしました。再びもう一度、彼らは山のふもとで法螺貝を吹き鳴らし、施しを求めて町に彼らが到着したことを知らせました。町の人々は山で生活していたラマナ・マハルシとの彼らの交際へ敬意を表して、彼らに沢山の食べ物を丁重に差し上げました。

 ラマナ・マハルシの支持者でない人々がマハルシの信奉者への家住者の特別な気前の良さを知るまでは、この取り決めはうまく行きました。彼らもまた集団を作り、法螺貝を吹き鳴らし、伝統的な主の賛歌を歌いながら通りを歩きました。意図的に、彼らはマハルシの信奉者より少し前に、食事を集めるために巡回し始めました。気前の良い家住者は、バガヴァーンの本当の信奉者と似たような装いをして似たような主の賛歌を歌う詐欺師とを区別できませんでした。マハルシの信奉者は乏しい集めたものを持って帰り、空腹を忍受せねばなりませんでした。

 信奉者はなりすましにより苦しめられ、彼らの救い主、不運を幸運へと変える無比なる力を持つアルナーチャラの無限の慈悲の具現者であるラマナ・マハルシを頼りました。マハルシの弟子であるペルーマル・スワーミーは、彼らにラマナ・マハルシの存在を確かなものにし、彼の真の支持者としての彼らの本当の立場を世界に明らかにするただ一つしかない祈りを彼に作るように頼みました。

 食べ物を請い求めに出かける人々は普通、「サーンバ・サダーシヴァ、サーンバ・サダーシヴァ、サーンバ・サダーシヴァ・ハラ・ハラ」(*2)という繰り返しと共に歌を歌います。はじめ、マハルシは「アルナーチャラ」という繰り返しと共に似たような数詩節を作り、止めました。ペルーマルは次の詩節を待ってたのですが、がっかりしました。ある日、マハルシは一人でギリプラダクシナへ出かけました。その日、主アルナーチャラの恩寵を喚起する108詩節が、マハルシのハートの深淵から、絶えることのない泉のごとく湧き出ました。

 この歌のまさにその名前がその趣旨(バーヴァ)を明らかにしています。花嫁はジーヴァ(マハルシ自身)であり、花婿は主アルナーチャラでした。マハルシは花嫁が花婿を恋い慕う状況を創作し、そうして歌を作りました。

 普通、恋い慕う恋人の言葉は哀れっぽいものですが、それに献身が伴う時、その効果は理想的なものとなります。花嫁は自己憐憫、気恥ずかしさ、成熟性、拒絶されることの苦しみのような様々な感情を表します。これら全ては、バクティ(献身)とシュリンガーラ(情熱的な愛)の驚くべき混合により、この詩を絶妙なものにしています。牛乳の中の砂糖のように、詩は知恵のウパデーシャにも富んでいます。もとのタミル語において、用いられる言葉は一つ以上の意味を持っており、それは完璧な翻訳を不可能にしています。アーシュラムでこの歌を歌い、耳を傾ける人々は喜びに圧倒されます。バーヴァが甘美であり、言葉が優美に均整が取れたものである時、それもそのはずです。この歌は信奉者の心を落ち着ける効果を持ちます。

 その聖歌の最初の効き目は、食料不足という問題を解決することでした。『Day by Day with Bhagavan』で、バガヴァーンが、「アクシャラ・マナ・マーライは長年、信奉者を食べさせました」と言ったことが記録されています(*3)。この歌の力は、アルナーチャラの恩寵によりただ日々の食事の配給を保証するだけよりも、はるかに優れたものです。それは我々がどこに住もうとも、アルナーチャラとシュリー・ラマナ・マハルシの存在を我々に確かなものとします。

 シュリー・ラマナ・マハルシは信奉者たちが望むどこででも彼の恵み深い存在を容易にもたらせるように、彼らへの贈り物として、アクシャラ・マナ・マーライに彼の愛情(ハート)を注ぎ、彼の聖なる力を授けました。この聖なる詩は、定期的に歌われるなら、アルナーチャラ(マハー・グル・シュリー・ラマナ・マハルシ)という守護の傘を授けます。それは信奉者に直面する障害を取り除き、日々の生活において彼を導く力を持ちます。

 「アクシャラ・マナ・マーライ」が生まれてから、100年が経ちました。この100年ごとの出来事は、アーシュラムとラマナ・マハルシに捧げられる全てのセンターで、アクシャラ・マナ・マーライの毎日の詠唱を挙行することにより祝われます。全ての信奉者がアクシャラ・マナ・マーライを熱心に学び、歌いますように!彼らみながアルナーチャラとラマナ・マハルシがその至高の象徴である自らの知を得る努力に勝利しますように!「アクシャラ・マナ・マーライ」という不滅の作品により明らかにされるラマナ・マハルシの存在の力により、全ての人々が利益されますように。

(*1)http://www.sriramanamaharshi.org/resource_centre/akshara-mana-malai-100-years/
(*2)サーンバ・・・聖母と共にいる、サダーシヴァ・・・永遠のシヴァ(吉祥)、ハラ・・・破壊者、シヴァ神の別名
(*3)『Day by Day with Bhagavan』の1945年12月9日の記事の最後に、「バガヴァーンはユーモアたっぷりに、『文字で編まれた婚礼の花輪は長年、我々を食べさせました』と付け加えました」とあります。

0 件のコメント:

コメントを投稿