2013年2月2日土曜日

マハートマー・ガーンディーの死、ガーンディーが愛した二つのバジャン

◇『シュリー・ラマナーシュラマムからの手紙(Letters from Sri Ramanasramam)』、p369~372

1948年2月6日
(167)マハートマー・ガーンディーの死 

 1月30日の夜、マハートマー・ガーンディーの死の知らせが、至る所で知られるようになりました。夜、女性はアーシュラムにいることができないので、私はその知らせを家で聞きました。次の日の朝、7時30分に私は行きました。祈りがラジオで放送されていました。死の知らせは新聞に掲載されました。バガヴァーンはそれを読み、祈りを聞きながら、「これは一生を通じてこのように祈った人々の祈りです」と言いました。「ヴァイシュナヴァ・ジャナトー」という歌がラジオで放送され、バガヴァーンはそれを悲しそうに聞いていました。

 9時45分、バガヴァーンが出かけようというとき、新聞記者が来て、公表するためにその悲劇に対する見解を示てしくれるよう頼みました。

 バガヴァーンは感極まって声を詰まらせ、言いました。「悲劇的な形でのマハートマーの死のために、全ての人の心が悲しみを感じています。私に言えることが特に何かあるでしょうか。悲しまない人が誰かいるでしょうか。私が何か言えば、あなたはそれを公表するでしょう。その後、次から次へ人がやって来て私に尋ねるでしょう。それが何のためになりますか」。

 そのように言い、バガヴァーンは記者を遠ざけ、散歩に出かけました。帰ってくると、「ヴァイシュナヴァ・ジャナトー」が再び放送され、バガヴァーンの目から涙が流れ落ちました。

 午後4時30分、全ての女性が「ラグパティ・ラーガヴァ・ラージャーラーム」を歌い始めました。バガヴァーンは続けるよう我々に身振りで合図しました。5時に法螺貝が吹かれ、マハートマーの死のために特別なアーラティ(*1)が、母の寺院で捧げられました。聖灰と辰砂(しんしゃ)が持ち込まれた時、バガヴァーンは大変な敬意をもってそれらを手に取りました。

 おととい新聞を読みながら、バガヴァーンはそばに座っている人に言いました。「ほら、彗星がしばらく前に現れませんでしたか。この新聞にマハートマーの死はそのためだと書かれています。そのように、今やその最初の結果が終わりました」。

 それを言った時、バガヴァーンの心の中には一体何があったのでしょうか。しばらくして、彼は別の新聞を取り上げ、それを読み終えると言いました。「発砲した人はマハートマーに近づき、お辞儀した後、『今日は、どうしてそんなに遅れて来たのですか』と彼に尋ねたようです。マハートマーは仕事のためだと答えました。その直後、弾丸が発射されました」。バガヴァーンはラーマーヤナから類例を引用して、言いました。「ラーマはラヴァナを殺した後、ヴァイクンタ(*2)に行かなければならかったのを忘れたようです。それで、デーヴァタ(*3)達は皆で相談し、死の神、ヤマを彼のもとに送りました。ヤマは行者の身なりでやってきて、うやうやしく、『あなたが来た目的の仕事は今や終わりました。どうぞ天国に来てください』と言いました。これも同様です。『スワラージ(*4)は達成されています。あなたの仕事は済んでいます。どうしてまだここにいるのでしょうか。あなたは帰るべきではないでしょうか。もうすでに遅れています』。そのように、マハートマーは送り出されたようです」。

 「今、あなたが話した話はウッタラ・ラーマーヤナからではないでしょうか」と私は尋ねました。

 バガヴァーン:「ええ、ですが、そこだけではありません。別の本でも書かれており、クリシュナの場合ではヴィヤーダの矢が死の原因でした。同じように、それはマハートマーにも起こりました。」

 昨日、ホリンドラナート・チャトパダーイ(*5)がマハートマーの写真を見せ、言いました。「ガーンディーとバガヴァーンが一度も会うことがなかったのは残念です」。

 バガヴァーンは言いました。「しばらく前、彼はティルヴァンナーマライにやって来ました。アーシュラムの向こうの山の周辺の道で集会が催されるべく彼のために準備されていました。人々は帰り道で彼がアーシュラムにやってくると思いましたが、群衆に押され、それは不可能でした。そして、彼は駅にまっすぐ帰って行きました。後に、彼はそれを非常に残念がったようでした。シャンカールラル・バンカーは彼をここに連れて来ることにとても熱心でした。1938年にラージェンドラ・プラサードとジャムナラル・バジャージがここに来て、スカンダーシュラムを見たとき、しばらくそこで滞在するようマハートマーに勧めたいと思いました。しかし、それは実現しませんでした。サバルマティやワルダで自分は精神的に落ち込んでいると言う人がいたとき、マハートマーは、『ラマナーシュラマムに行き、そこでひと月滞在した後、戻って来なさい』とよく言いました。ラーマスワーミ・レディアールが、マドラス州の主席大臣に就任した直後にマハートマーに会いに行った時、マハートマーはどれぐらい彼がラマナーシュラマムに通っていたのか尋ねたようでした。そこに30年以上通っていると彼が答えた時、『そうですか。私は3たび試みたのですが、これまでそこに行けていません』と言いました。彼に何が出来たでしょうか。彼が一時も独りにしておかれないなら、どうしてここに来れたでしょうか」。

 悲劇の前夜、マハートマーは死の予感を夢から得て、それゆえ、彼は早急に書類を片づけ、そのために祈祷式に来るのが遅れたという趣旨の記事をバガヴァーンは今日の新聞で読みました。バガヴァーンは述べました。「そうです。悟りを開いた人々にとって、予感ぐらいのことがないでしょうか。彼らは知っているでしょうが、他の人に告げないでしょう」。

(*1)アーラティ・・・ヒンドゥー教の崇拝の儀式で、ギーの中に浸されたランプの芯からの火や、樟脳からの火が神々に捧げられる。
(*2)ヴァイクンタ・・・ヴィシュヌ神の住まい。至高の主ナーラヤナと共に、解放された魂が永遠に至福を楽しみ住まう場所であるパラムダーマ(至高の住まい)としても知られている。
(*3)デーヴァタ・・・神々
(*4)スワラージ・・・ヒンディー語で、スワは「自分自身」、ラージは「統治、規律」を意味する。たいていは、外国の統治からのインド独立のためのガンディーの考えを意味する。
(*5)ホリンドラナート・チャトパダーイ・・・インド系英語の詩人、俳優。サロージニー・ナーイドゥの弟。

ヴァイシュナヴァ・ジャナトー(Vaishnav jan to tene kahiye)

 ヒンドゥー教のもっとも有名なバジャン(賛歌)の一つ。15世紀にNarsinh Mehta(ナルシン・メータ)により作られた。グジャラート語。マハートマー・ガーンディーの日々の祈りの中の一つ。ヴィシュヌ神やクリシュナの信奉者の人生、理想、精神性を歌っている。


歌詞
(wikiと動画を参考にしてます)

ヴィシュヌ神の信奉者(ヴァイシュナヴァ)たる者は、他者の痛みを知る
心に高慢を入り込ませず、他者に善をなす

ヴィシュヌ神の信奉者たる者は、全世界を堪忍し、賞賛する
他者を悪く言うことなく、約束を守り(言葉)、行為、心を清く保つ
そのような子に生を授けた母は祝福されている

ヴィシュヌ神の信奉者たる者は、全てのものを等しく見る
貪欲と強欲を取り除き、自分の母に敬意を払うように女性に敬意を払う
舌が疲れたとしても、決して不実を口にせず、他人の所有物に決して触れない

ヴィシュヌ神の信奉者たる者は、世俗的愛着に屈しない
彼はあらゆる類の欲望と怒りを放棄した
彼の唇の上に常にあるのは、神の神聖な名である
全ての巡礼の地は、彼の内にある

ヴィシュヌ神の信奉者たる者は、世俗的愛着に屈しない
彼はあらゆる類の欲望と怒りを放棄した
詩人ナルシはそのような人に会うのを好む
その人の徳により、家族みなが救いを得る

ラグパティ・ラーガヴァ・ラージャーラーム(Raghupati Raghava Raja Ram)

 マハートマー・ガーンディーのお気に入りの有名なヒンドゥー教のバジャンの一つ。主ラーマへの賛美の歌。最も一般的なバージョンはVishnu Digambar Paluskarにより音楽にのせられ、ダーンディへの241マイルの塩の行進を歩いている間に、ガーンディーとその追随者によって歌われた。



歌詞
(wikiを参考にしてます)

 ラグ家の首長、主ラーマよ
 倒れた者らを起こす方、シーターとラーマ
 シーターとラーマ、シーターとラーマ
 おお、最愛なる方、シーターとラーマを讃えよ
 イーシュワラとアッラーフが、あなたの名前である
 主よ、この知恵により全ての者を祝福せよ



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